HIROBA/対談Q
水野良樹さん × 石田多朗さん(
@TaroIshida_1108 )
文・編集を担当しました。
「何かがなくても成り立つ。雅楽は“生命”ではなく“生態系”」
「“音”と“音楽”をわけるものはなにか」
という問いからはじまった対談ですが
お話の枝葉は上にも横にも
どんどん育ってゆきます。
“まれびと(稀人)”という存在について。
“たま”という霧のような存在について。
雅楽とJ-POPの在り方について。
さらに、
“作り方マニア”だという石田さん。
いきものがかりの
新曲「さよならララ」の歌詞や
水野さんの曲づくりの深い部分にまで
石田さんの問いかけが触れていき
水野さんの言葉も次々と
引き出されていくのが印象的です。
さまざまな知識や経験が
思いがけないところでつながり
新たな視点が生まれていく対談。
ぜひ、お楽しみください。
水野:雅楽に主旋律という考え方はあるのですか?
石田:これがね、雅楽の演奏者たちに何回訊いても、「琵琶も龍笛も、みんな同じメロディを演奏しています」って言うんですよ。
水野:ええええ。斉唱をしているみたいな。
石田:そのつもりらしいです。一応、外向けには、「メロディ的には篳篥(ひちりき)が目立つから主旋律です」と言うんですけどね。
僕からすると、楽琵琶が、コードというか、ベースのような役割に感じられるのですが、「自分たちはユニゾンです」と言い切るんです。
水野:和音のように、それぞれの音がある帯域を担当して、その構造物で響きを作るという考え方がないということでしょうか。
石田:まったくないですね。「たまたま横に蜂が飛んでいる。俺は蟻で、歩いている」みたいな。だから、音がぶつかりまくっています。むしろ、ハモったり、リズムが合いすぎたりすると、笑ってしまうくらい。
でも、たしかに森のなかにいて、狼が鳴いたり、雨が降ったり、風が吹いたり、それらが同時に起きたら違和感がありますもんね。雅楽のイメージとしては、水族館で小魚が数百匹、うわーって泳ぐあの爽快な感じです。