日本国債買いは新たな「ウィドウメーカー取引」となるのか――海外投資家に慎重論 Investors fear Japanese bond bets risk becoming new ‘widow-maker trade’
@financialtimesより
詳細サマリー
この記事は、日本国債(JGB)の利回りが急上昇し、価格が大幅に下落したことで、海外の大手機関投資家が少しずつ買い始めている一方、これが新たな「ウィドウメーカー取引」になりかねないとの警戒が根強い状況を伝えている。ここでいう「ウィドウメーカー」とは、もっともらしく見える投資判断が長期にわたって裏切られ、巨額損失を生む危険な取引を指す。かつては日本国債を売る取引がそう呼ばれたが、現在は逆に、日本国債を買う取引が同じ罠になる可能性が懸念されている。
1.日本国債市場で何が起きているのか
日本国債は、金利上昇、大規模な財政支出、インフレ懸念を背景として、ここ数年ほぼ一貫して売られてきた。10年物国債利回りは今世紀初めて2.5%を超え、2025年初めから約1.6ポイント上昇した。この期間、日本国債市場は主要国の債券市場のなかで最悪のパフォーマンスになった。債券価格と利回りは逆方向に動くため、これは国債価格が大幅に下落したことを意味する。
この利回り上昇によって、日本国債は以前より投資対象として魅力的に見え始めている。実際、アリアンツ・グローバル・インベスターズなど一部の海外運用会社は、20年物をはじめとする長期国債を小口で購入している。ただし、投資規模はまだごく限定的であり、日本銀行がより明確な引き締め姿勢を示すなど、市場環境が安定する証拠を待っている。
2.旧来の「ウィドウメーカー」と現在の逆転
従来、日本における「ウィドウメーカー取引」とは、日本国債を空売りする取引だった。
海外のヘッジファンドは、日本の巨額債務や財政悪化を根拠に、「いずれ国債価格は下落し、利回りは上がる」と何度も予想した。ところが、日本は長期間にわたってゼロ金利・マイナス金利を維持し、日本銀行も10年物国債利回りをゼロ%付近に抑制した。その結果、国債下落を見込んだ投資家は長年にわたり損失を被り、この取引は市場で「ウィドウメーカー」として悪名を得た。
しかし、現在の記事が指摘するのは、その構図の反転である。いま危険視されているのは日本国債の売りではなく、買いである。
国債利回りが十分高くなったと判断して大量購入した後に、インフレや財政悪化が進み、さらに国債価格が下落すれば、買い手は大きな損失を被る。つまり、「日本国債はもう十分安い」という判断そのものが、現代版ウィドウメーカーになるかもしれないということである。
3.最大の懸念は政府の財政拡張と日銀の対応
投資家が最も警戒しているのは、高市政権の約2兆ドル規模の長期支出計画である。
市場が、この支出計画をインフレ促進的であり、財政規律を弱めるものだと判断すれば、日本国債はさらに売られる可能性がある。しかも、日本銀行が政府への配慮などから利上げに慎重になり、インフレ対応が後手に回ると見られれば、利回りにはさらに上昇圧力がかかる。
記事では、投資家の不安要因として、次の点が重なっている。
高エネルギー価格によるインフレ圧力
政府の大規模支出計画
減税構想
日本銀行の政策独立性に対する疑念
日本銀行による国債買い入れの減速
約GDP比200%に達する政府債務
金利上昇による国債利払い費の増加
このため、多くの運用会社は、日本国債の利回りが高くなっても、単純に「割安」とは判断していない。財政と金融政策の組み合わせがまだ不安定だからである。
4.国内資金の「日本回帰」が相場を支えるか
一方、国債価格の下支え要因として期待されているのが、日本国内の投資家による資金還流である。
財務相は、国内の年金基金や国民に対し、海外ではなく日本国内への投資を増やすよう呼びかけた。これを受けて、日本国債は直近数週間で一時的に反発した。しかし、海外投資家は、実際に大規模な資金還流が起きるかどうかについて慎重である。
とりわけ注目されているのが、約1.8兆ドルを運用する年金積立金管理運用独立行政法人、GPIFである。GPIFは世界最大級の年金基金であり、その資産配分は他の投資家に強いシグナルを与える。
みずほのストラテジストは、「GPIFが動けば、投資家も動く」と述べ、GPIFの行動を無視することは重大な投資判断ミスになり得ると指摘する。
5.GPIFには12兆円の買い余地があるとの試算
GPIFの長期的な基本ポートフォリオの見直しは2030年まで予定されていない。ただし、日々の運用には一定の許容幅があるため、その範囲内で国内債券を増やす余地はある。
RBCキャピタル・マーケッツの試算では、GPIFが国内債券の比率を許容上限の31%まで引き上げた場合、日本国債市場に約12兆円、750億ドル相当の資金が流入する可能性がある。さらに、中小の運用会社がGPIFの動きに追随すれば、実際の市場効果はそれ以上になる。
しかし、GPIFは政府の政策目的に従属する基金ではない。GPIFの投資原則は、積立金を株式市場への影響や経済政策遂行のために利用しないと明記している。したがって、政府が国内投資を呼びかけたからといって、GPIFが自動的に国債購入を増やすとは限らない。
6.国債入札には需要回復の兆しもある
慎重論ばかりではない。最近行われた20年物、30年物国債の入札は比較的堅調だった。
みずほ銀行のストラテジストによれば、この入札結果は、海外投資家を含む大規模な実需投資家の関心が高まっている証拠と受け止められた。超長期国債の利回りがかなり上昇したため、年金基金や保険会社など長期負債を持つ投資家にとって、一定の魅力が出てきたと考えられる。
カーミニャックも長期国債を買い始めているが、保有額は小さい。理由は、原油価格の変動、減税政策、財政見通しの不透明性である。同社は、政府が支出抑制を明確に示すまでは、大規模な買いに踏み切らないとしている。
7.海外投資家の基本姿勢は「試し買い」
記事に登場する海外投資家の態度は、おおむね共通している。
現在の利回り水準には魅力があるため、完全に無視することはできない。しかし、財政悪化やインフレ再加速のリスクが大きいため、いきなり大規模な買いを入れることもできない。したがって、少額を購入しながら、市場と政策当局の反応を観察する「試し買い」の段階にとどまっている。
判断材料として重視されているのは、主に次の三つである。
第一に、日本銀行がインフレに対して十分に利上げする意思を示すか。
第二に、日本政府が財政支出を抑制し、債務安定化への道筋を示すか。
第三に、GPIFや国内生命保険会社、年金基金などが本格的に日本国債へ資金を戻すか、である。
これらが確認されない限り、国際的な大手機関投資家は日本国債をベンチマークより少なく保有する「アンダーウェート」を維持する可能性が高い。
記事の核心
この記事の核心は、単に「日本国債の利回りが上がって買い時になった」という話ではない。
むしろ、日本国債市場の構造が、金融政策によって金利を抑え込む時代から、財政・インフレ・債務持続性が価格を左右する時代へ移りつつあることを示している。
旧来のウィドウメーカー取引は、「日本国債は下落する」と考えて売ることだった。現在の新たなウィドウメーカー候補は、「これ以上は下がらない」と考えて買うことである。
したがって、投資家が見極めようとしているのは、日本国債が単に一時的に売られ過ぎているのか、それとも日本の財政・金融体制そのものに対する恒常的なリスクプレミアムが上昇したのか、という点である。記事全体は、現時点では後者の可能性を排除できず、ゆえに「買い場」と断定するには早い、という慎重な判断を示している。