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「いい話だけど出版は無理。書店さんに並べる棚がない」 と何回か言われたことがあります。 「ジャンルがない小説」はそもそも出版が難しい。 『ファルティマの夜想曲』 二つの月がある、架空の港街を舞台にした24歳の娼婦が主役の物語。 企画会議を通したければ、 「主役を10代、娼婦もなし」「娼婦が書きたいなら、実在の歴史にはめるか、現代の風俗店に問題提起を入れ込む」 等しないと無理。 私自身商業作家として、普段は「棚はどこ」「ターゲット」「売りは何か?」ということを当然考えるし、編集さんに「こういうものを書いてほしい」と言われば120%応えたいと努力します。 なにより作家買いをしてくれる読者さんの期待を裏切りたくはない。 葉山透に求められているのは、ハラハラドキドキのサスペンス、ミステリ、SFを用いたギミック、娯楽映画のような爽快感だろうと思うから。 でも「ファルティマ」に限って言えばこの形を変えたくはなかった。 棚がないのはわかっていても、たくさん売れてメディアミックスなんて絶対ならない物語だとしても、変えたくなかった。 本読みの方なら理解していただけると思うのですが、読者として「この小説、メジャーにはならないけど自分はめっちゃ好き」という作品ありますよね? わかりやすくてキャッチーで王道は正義。私も普段はそういう小説を書きたくて書いてます。大好きです。 しかしファルティマは、好きな人にはぶっ刺さるけど、刺さる人はごくわずかだろう、むしろ嫌いという人もいるだろう、でも書きたかった。 いえ、正直に言いましょう。 この物語は運よく商業で出たけれど、商業用にプロットを練ったものではありません。 友人、ではない。知人というのも憚られる。そんな遠い関係の人でしたが、吉原で働いている人がいました。 貧乏のどん底で育ち、頭がいいのに中卒。会社ではゴミのように扱われ、仕事をやめ吉原で働き始めました。 貧しい母子家庭に育った彼女は、このお金で母親にまともな暮らしをさせてあげられる、自分も生まれて初めて欲しいものを好きに買えた、私は今の生活に満足している、誰にも同情なんかされたくない、と言いました。そう言う彼女に、私は何も言えませんでした。でも、やっぱり、いけなくないけどよくもないだろう、という気持ちがありました。友人として何か言えるほど近くもない。そこで私がしたことは物語を書くことでした。なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。 さらに、吉原の闇を書くわけでもなく、ファンタジー世界観の美しい月と花と潮の香りに満ちた綺麗な夜の話を書いた。頭の中にだけあった一大冒険譚の中の脇役の娼婦を主人公にして、物語を書き始めた。 我ながら謎すぎる。   しかし、公募やコンテストに出すことを考えずに書いたこの物語は、私の作家としての本質と、美点と、同時に限界を顕現しています。 酷い現実を直視して言語化したいのなら私は新聞と評論でいいだろうと思います。少なくとも読者としての私は。 フィクションには、美しいものや愛や夢や希望や信頼が書いてあってほしい。たとえ綺麗事でも「浅い」と言われようとも。私が好きなのは楽しくてワクワクする小説で、現実で死ぬほど落ち込んでいる時、読みたいのは明るい綺麗な小説だったから。 そして恋も嫉妬も友情も信頼も、誰かを想う気持ちはそんなに簡単に名前をつけられない――そんな感情のグラデーションと、読後には明るさと希望と少しの寂しさが残る物語になりました。 さて結局、その人に小説を見せたのか。答えは否です。書き上げた頃には連絡先も解らなくなり、そもそもその人を説得しようとか烏滸がましいことを考えていたわけでもない。ただ、人生の不公平、世の中の矛盾に対し、私は物語を書いた。それも「綺麗事」の物語を書いた。それがすべてで、自己満足の極みです。 でも「たくさん読まれることを狙って考え抜いた小説が売れること」が正義であるように「究極の自己満足」もまた創作の正義でありましょう。   当時の文庫本の 後書きにこう書きました。 「どうしようもなく寂しくて、誰かに電話をしようと アドレス帳を開く。でも結局ボタンをそのままそっと携帯を閉じる。そんな夜に読んでほしい」   いつもの葉山透からはかけ離れた ポエティックな文章⋯。 でも 誰にだってそんな夜は あると そんな夜にこそ横にいて欲しい物語があると、そんな気持ちで書きました。 と、文字数もギリギリになってきたので、まとめに入ると、20年前に絶版になってしまった物語を、同人誌で復刊しました。 「この世界の何処かにいる誰か」に届くことを願って。20年越しに書いた続編「ヴィオレッタ」と一緒に。 文庫本 2冊分に、一人の作家の20年が詰まっています。 通販もしています。 リプ欄にのせておきます。   一人でも多くのやるせない夜を抱えた方に届きますように。
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「いい話だけど出版は無理。書店さんに並べる棚がない」 と何回か言われたことがあります。 「ジャンルがない小説」はそもそも出版が難しい。 『ファルティマの夜想曲』 二つの月がある、架空の港街を舞台にした24歳の娼婦が主役の物語。 企画会議を通したければ、 「主役を10代、娼婦もなし」「娼婦が書きたいなら、実在の歴史にあてはめるか、現代の風俗店にし時代的な問題提起を入れ込む」 等しないと無理。 私自身商業作家として、普段はプロットを作る時「棚はどこ」「ターゲット」「売りは何か?」ということを当然考えるし、編集さんに「こういうものを書いてほしい」と言われば120%応えたいと努力します。 なにより作家買いをしてくれる読者さんの期待を裏切りたくはない。 葉山透に求められているのは、ハラハラドキドキのサスペンス、ミステリ、SFを用いたギミック、娯楽映画のような爽快感だろうと思うから。 でも「ファルティマ」に限って言えばこの形を変えたくはなかった。 棚がないのはわかっていても、たくさん売れてメディアミックスなんて絶対ならない物語だとしても、変えたくなかった。 本読みの方なら理解していただけると思うのですが、読者として「この小説、メジャーにはならないけど自分はめっちゃ好き」という作品ありますよね? わかりやすくてキャッチーで王道は正義です。私も普段はそういう小説を書きたくて書いてます。大好きです。 しかしファルティマは、好きな人にはぶっ刺さるけど、刺さる人はごくわずかだろう、むしろ嫌いという人もいるだろう、でも書きたかった。 いえ、正直に言いましょう。 この物語は運よく商業で出たけれど、商業用にプロットを練ったものではありません。 友人、ではない。知人というのも憚られる。そんな遠い関係の人でしたが、吉原で働いている人がいました。 貧乏のどん底で育ち、頭がいいのに中卒。会社ではゴミのように扱われ、仕事をやめ吉原で働き始めました。 貧しい母子家庭に育った彼女は、このお金で母親にまともな暮らしをさせてあげられる、自分も生まれて初めて欲しいものを好きに買えた、今の生活に満足している、誰にも同情なんかされたくない、と言いました。そう言う彼女に、私は何も言えませんでした。でも、やっぱり、いけなくないけどよくもないだろう、という気持ちがありました。友人として何か言えるほど近くもない。そこで私がしたことは物語を書くことでした。なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。 さらに、吉原の闇を書くわけでもなく、ファンタジー世界観の美しい月と花と潮の香りに満ちた綺麗な夜の話を書いた。頭の中にだけあった一大冒険譚の中の脇役の娼婦を主人公にして、物語を書き始めた。 我ながら謎すぎる。   しかし、公募やコンテストに出すことを考えずに書いたこの物語は、私の作家としての本質と、美点と、同時に限界を顕現しています。 酷い現実を直視して言語化したいのなら私は新聞と評論でいいだろうと思います。少なくとも読者としての私は。 フィクションには、美しいものや愛や夢や希望や信頼が書いてあってほしい。たとえ綺麗事でも「浅い」と言われようとも。私が好きなのは楽しくてワクワクする小説で、現実で死ぬほど落ち込んでいる時、読みたいのは明るい綺麗な小説だったから。 そして恋も嫉妬も友情も信頼も、誰かを想う気持ちはそんなに簡単に名前をつけられない――そんな感情のグラデーションと、読後には明るさと希望と少しの寂しさが残る物語になりました。 さて結局、その人に小説を見せたのか。答えは否です。書き上げた頃には連絡先も解らなくなり、そもそもその人を説得しようとか烏滸がましいことを考えていたわけでもない。ただ、人生の不公平、世の中の矛盾に対し、私は物語を書いた。それも「綺麗事」の物語を書いた。それがすべてで、自己満足の極みです。 でも「たくさん読まれることを狙って考え抜いた小説が売れること」が正義であるように「究極の自己満足」もまた創作の正義でありましょう。 文学フリマ。 「自分が文学と信じるものを作り手が自ら売る」 商業のように「儲けを出さなければいけない」という前提はありません。書き手が負債を請け負う覚悟があればいい。 (同時に、商業で確立されている編集テクニック、装丁、営業広告、全国どこでも1冊から取り寄せできる流通と書店さんというものが、どれだけ洗練されていてありがたいものか実感します。このシステムを持続可能にするには、やはり売れなければいけないな、と) とまあ、文字数もギリギリになってきたので、まとめに入ると、細々と通販しているぶんを、文学フリマ大阪14にも持っていきます。 商業ベースにはのらなくても 「世界の何処かにいる誰か」に届けたい物語を、20年越しに書いた続編「ヴィオレッタ」と一緒に、一冊の同人誌にまとめて。
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村上春樹『夏帆』読んだ。異様な小説だと思った。 話の筋は多くの人が語っているからおいておいて、第二章以降、執拗に「説明」が繰り返されることが、かなり気になった。何なんだ?と思った。 例えばこんな箇所(ネタバレにならないように)。 【しかしそれが純然たる現実とは思えなかった。(略)なぜブラジルのジャングルの論理が、この東京に持ち込まれなくてはならないのか?】p.55 語り手が、これまでの流れを内省のかたちをとって一旦まとめてみる「説明」は、長編小説にわりと多い。読者もそこで同時にこれまでの流れを整理できるし、ほんとうはなくてもいいのだが、書かれがちだ。 しかし「説明」が多いと、もったりして、小説の速度が遅くなる。 これまでの春樹の長編でもこうした「説明」の段落は普通にあった。だが、『夏帆』ではこの振り返る「説明」が頻発しすぎだと思った。 特に手元にある人は見てほしいのだがp.313の後半とp.314の前半の2段落なんて、ほとんど同じ説明が二回続いていて、びっくりする。どういうことだ! 前にはここまで「説明」なかったよね? 個人的には、今回村上さんは病気もされたし、書きながら一歩一歩地面を踏み固めるように「説明」を重ねることで安心したかったのかな、なんて思う。こういう段落があると、書き手としては、安心できるから、小説が安定するから(その分、重くなる) とにかく、この「説明」の多さは、何なんだろう、と僕は思った。あるいはね。
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変なこと言うとね。その昔は「小説を世間に発表する」ってのはプロの特権だったんですよ。ネットが無かったからね。同人誌はあったけども、広く世間にとはいかないよね。 なので小説家=プロ作家だったんですよ。 ところが、ネットで誰でも広く作品を発表出来るようになった。そうなると、誰でも「小説家」になる事が出来るようになる。まさに「小説家になろう」の意味はなろうに載せれば誰でも小説家なんだという意味なんですよ。 そうなると、プロ作家になる、なりたいという動機には「作品を発表したい」という欲求以外のものが必要になるんですよ。 もしもプロ作家になりたい!と思う人がいるならこの辺をよく考えた方がいい。小説が好き!小説を書きたい!発表したい!という欲求しかないのなら、プロなんて目指さない方がいい。
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出版業界の片隅でご飯を食べさせていただいてヒシヒシと感じるのですが。。。。 書き手が育つ装置だったり仕掛け、システムはけっこうたくさんあるような気がします。 小説新人賞だったり、なろうなどの各種ネット小説、さらには最近では文学フリマやZINE文化の隆盛などなど。 すげー充実してると思います。 直木賞とか芥川賞のプロ対象の文学賞かもすげーと思います。 本当よくできている。 選考委員の作家がいて、かなりの純度と使命感を持って選考に挑んでいる。私も候補になり、ほとんど落選しているが、たまに選考委員の先生にあうと、いい作品や作家を世に残したい、という使命感のようなものをひしひしと感じる(そして自分の不甲斐なさにがっかりする)。 文学賞を担っている編集さんとかの話聞いても同様のものを感じる。 実際、今度こそ文学賞にノミネートされてやる受賞してやるという気持ちで執筆して、実際に結果がでた方もいるだろう。 横道にそれるけど、書評家の方とお話して、物語や本への愛情をひしひしと感じることがある。書評家の存在も書き手を育てるシステムとして有効に機能していると思う。 賞は名誉とお金が入ってくるけど、何回か候補になって思うのは、連綿と続く選考委員と受賞者の流れの芳醇さみたいなんで、うまくいえんけど、富と名誉のためでなく、なんかもっとちがう、この人らに認められたい、なんかこの一角に加わらせてもらいたいという欲があるんです。 そういうシステムができると、自然と書き手は育っていくと思う。 で、今はどんどんいい書き手が生まれているけど、いかんせん読み手が少ないから、出版の世界で作家で食うのが、すげーお伽話になってしまっている。 で、見回してみると、読み手が育つ装置だったり仕掛け、システムがないよなぁと。 出版社とか書店とか取次とか作家が注力せないかんのは、読み手を育てることなんじゃあないかなと最近思うわけです。 じゃあ、それをどうしろって言われたらなんも具体的に出ませんが。 読むOneグランプリを開催するとか。 読書メーターでアクセスがトップの感想にはXのように入金されるようになるとか(読むに稼ぐの付加価値がつくのは実はすげー有効なのではないかと思っている。もちろん、Xのように民度が下がる可能性大だけど)。 【魅力的な書き手を育てれば、読み手が増え育った】のって平成初期までで、もはやそのフェーズではないような気がするんですよね。
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あと日記始めるちょい前に「いいねした人のリアルを想像して描く」という地獄企画をやった時のをいまだに律儀にアイコンにしてくださってる方も何人かいらっしゃるが変える時は躊躇なく変えてくださって大丈夫です!!!
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🍯 みんなおはよう☀️𓂃 𓈒𓏸🐈 フォロバまだの人教えてください! 今日1日よろしくね🥰🫶🏻✨ #いいねした人全員フォローする# 🍰 #初リプ・初絡み大歓迎# 🎃
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🎀 おはよう☀️𓂃 𓈒𓏸 みんなからのリプ嬉しいです🥰 TikTokもフォローまだの人 是非フォローしてね🙌🏻 ̖́- #いいねした人全員フォローする# 🍰 #初リプ・初絡み大歓迎# 🤍
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