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『鋼の錬金術師』アルフォンス・エルリックのビジネススキルを『令和の虎』榊󠄀原清一が評価、雇用を検討してみました。 結果は100点中90点。 結論は採用です。 ■採点詳細 ・メンタル:10点 ・即戦力:9点 ・地頭の良さ:9点 ・コミュ力:10点 ・報連相:8点 ・学習スピード:8点 ・必達力:10点 ・カリスマ性:9点 ・効率性:7点 ・採用したい度:10点 ビジネススキル:90点 / 100点 能力も人格も圧倒的。 しかし、採用の決め手は能力ではない。 鎧の体という最大の不幸を背負いながら、 誰よりも他者に優しくあり続けた、その人としての完成度である。 10項目の評価から、本質を捉えます。 長文のため、動画でもまとめています。 1.メンタル 10点 幼くして肉体を失い、魂を鎧に閉じ込められるという、想像を絶する運命を背負いながら、絶望に飲まれず前を向き続けた。 ただ一度、第五研究所でバリー・ザ・チョッパーに「お前は兄が作った偽物の人格ではないか」と問われ、自分の存在そのものに深く揺さぶられた瞬間があった。 鎧の中の魂は、本当に自分のものなのか。 その葛藤を一人で抱え、それでも乗り越えて前を向いた。 揺らぎを乗り越える強さこそ本物。 鎧の中の魂が、誰よりも強い人としての芯を持っている証である。 2.即戦力 9点 錬金術の腕は国家錬金術師に匹敵し、師匠の鍛え上げた格闘術も一級品。 過酷な旅で培った状況対応力と礼儀正しさで、どんな現場に放り込まれても初日から信頼を勝ち取れる即戦力。 3.地頭の良さ 9点 錬金術の知識を深く理解し、医学や歴史にも通じている。 直感で動く兄エドとは対照的に、状況を冷静に分析して最適解を導く論理派。経営判断にも信頼して使える地頭である。 4.コミュ力 10点 誰にでも礼儀正しく誠実で、細やかな気配りができる。 荒っぽい兄エドと、軍部や一般市民との間に立ち、関係を円滑にまとめる天才的なクッション役。顧客対応にも、チームリーダーにも置きたい逸材。 5.報連相 8点 兄エドとは常に共有し相談も欠かさない。 ただ、自分の鎧の身体の不調や、魂の拒絶反応といった致命的なリスクを、心配をかけまいと一人で抱え込んでしまう癖がある。体調報告の遅延は、組織にとって最もコストの高い隠蔽になりかねない。 6.学習スピード 8点 シン国の技術である錬丹術を、旅先で出会ってすぐに理解し、自分の錬金術と融合させて新たな技として使いこなした。未知の技術へのキャッチアップ力は一級品。 7.必達力 10点 「元の体を取り戻す」というKGIを最後までブレさせず、 ホムンクルスのプライドのような最強格の敵を相手にしても諦めなかった。自分の魂が消えかけても折れない。本物の執念。 8.カリスマ性 9点 優しさと誠実さに裏打ちされた、確かな求心力。 アルフォンスの人格に触れた者は、敵対していたキメラのハインケルたちですら、次第に信頼を寄せ、力を貸すようになった。恐怖や権力ではなく、信頼で組織を一つにまとめる次世代型のリーダーシップ。チームのエンゲージメントを最大化するタイプの、本物のカリスマである。 9.効率性 7点 鎧の体ゆえに疲労を知らず、睡眠も食事も不要。 24時間ノンストップで稼働できる、労務管理の概念を覆すスペックである。 しかし、この能力は評価しない。 鎧の体は、アルフォンスにとって罪の代償である。 それを「便利な労働力」として扱う発想自体、持つべきではないと考えている。 アルフォンスは機械ではない。人として疲れも喜びもある存在である。 能力で評価する話ではない。だからこそ、7点に留めた。 10.採用したい度 10点 採用。能力も人格も完璧。 しかし、採用したい一番の理由は能力ではない。 鎧の体という最大の被害者でありながら、 誰よりも他者への優しさを失わず、礼儀正しく誠実であり続けた。 その人としての完成度である。 能力で人を測るのではなく、人としてどう生きているかを大事にしたい。 そう思える人財に出会えた。 ●総評 アルフォンス・エルリックの本当の凄さは、 鎧の体という最大の不幸を背負いながら、 誰よりも他者に優しくあり続けたところにある。 鎧の中身は空っぽで、感覚すらない。 それでもアルフォンスは、旅先で出会った捨て猫を見過ごせず、こっそり鎧の中に入れて連れて帰っていた。 放っておけない優しさだけでなく、自分には触れることのできない温もりを、せめてそばに感じていたかった。 その両方があったのではないかと見ている。 だからこそ、24時間働いてほしいとは思わない。 一刻も早く元の体に戻って、自分の手で猫の温もりを感じてほしい。 それまでの間、もし子猫を拾ったら遠慮なく弊社へ連れてきてほしい。 アルフォンスが安心して優しさを発揮できる場所、それを用意したいと考えている。
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誕生日にアオサギの大きな羽根拾ったの本当に嬉しすぎる これを羽根ペンにしたら最高…という気持ちと、勿体無い気持ちがぶつかる
💐受賞のご報告✨ カンテレ制作ドラマ『銀河の一票』が、ギャラクシー賞 2026年6月度月間賞を受賞いたしました🏆 「選挙を描きながらも、政局ゲームや“巨悪”との戦いとして描かず、あくまでも小さな声を拾っていく過程として描いたのが秀逸」 「誰も“ドラマの駒”のような悪役がいないことも、誰も取りこぼさないという本作の一貫したテーマと合致し、そのキャスティングも抜群だった」 「まさしく『きれいなこと』を体現したドラマだった」と、大変温かいお言葉をいただきました。 応援してくださった皆さま、本当にありがとうございます🌸 現在、カンテレドーガ、FOD、NETFLIXで全話配信中です📱 まだご覧になっていない方も、もう一度見たいという方も、この機会にぜひご覧ください✨ #銀河の一票# #黒木華# #野呂佳代# #松下洸平#
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編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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Mトナでの聡一郎さんの解説は本当にすごかった! 話が面白いのはもちろん、かなり細かい選択まで拾ってくれて、しかもそれが的確だったので嬉しかった☺️ 終わった後「内容が良かった」という声を多く頂いたんですが、聡一郎さんの解説があったからこそだと思っています🙌
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先日中山競馬場でダノンデサイルの ぬいぐるみを落としてしまったのですが、歩いて来た道を辿ったら、どなたかが拾って置いてくださってました😭 本当にありがとうございます😭 その方が馬券、当たってます様に🙏
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ミグマの解散ライブの最後、舞台からはける直前のほんの一瞬だけマイクが拾ったブラジルちゃんのこの世の終わりみたいな悲痛な嗚咽が今でも耳に残ってて、でも全部曖昧にして楽しいまま終わるよりこの先ずっと忘れられないような傷がついて本当によかったと思ってる。俺は推しと一緒に傷つきたかった
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朝から辻立ち 挨拶周り たくさんのご声援を頂けることは本当に有り難い。 暗中模索の中で応援して頂けることは何よりも力になる。 あと、 先日、財布を拾ったお礼に切手がたくさん届いた!! (宅急便とかでお礼されても送料がもったいないので切手が欲しい!と遠慮なく伝えた(笑))
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さっきおじちゃんに助けられた😭 雨の中スマホ落としたの気づかなくて、 拾ってくれてなかったら地獄だった。 本当に感謝でした😭😭😭🙏🙏🙏 帰ったら袋に穴開いてて おにぎりとグミが身代わりになってた笑 人生よくできてるなぁ。
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