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椅子がふかふか名古屋公演が始まりました 5月31日までよろしくお願い致します #舞台十角館#
椅子に置いてるのは未使用の靴下です🤟 旅行に行って行く時も次の日着るものをセットして寝る癖があるねん‹‹\(´ω` )/›› つばさ舞チャンネル📺 『A▽撮影前のVlog❤️』
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『電脳椅子探偵シャルロット』 第1話「青白の研究」32ページ版の漫画ネームが完成しました。 記録都市キャメロットを舞台に、椅子から事件を観測する探偵シャルロット。 小説・映像で展開してきた作品の原点を、漫画としても再構成しています。 ここから作画と写植を詰めていきます。 #電脳椅子探偵シャルロット# #AI漫画#
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【映画】坂口健太郎、椅子に腰かけ真剣なまなざしで資料見つめる姿に「かわいくてかっこいい」「い~っぱいがんばったね」の声 → 公開1ヶ月記念の舞台挨拶で投稿 プリントTシャツに黒パンツを合わせています。
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🌸🍃   群馬県桐生市本町にて   和島監督舞台挨拶付き    特別上映決定            🍃🌸 6/13(土)11:30 ・15:30 ・19:00 重要伝統的建造物群保存地区に位置する「矢野園」の米蔵 & 「能楽館」から移設された椅子という特別な空間での上映 ⠀ ご予約は▼
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2026年7月29日昼に #アル・カンパニー『その後、火を焚いて踊ろう』を観ました。会場は新宿三丁目雑遊。# ネタばれがあります。 会場に入ると舞台にはテーブルと4客の椅子がおかれている。 登場人物は母、実家に里帰りした姉、子連れで帰省中の妹とその息子。最後のシーンには妹の夫もでてくる。 もともとはリーディング用に作られた短編3本を一つに束ねたとのこと。冒頭からシーンごとに展開が詰まっていて見飽きずおもしろい。その中にシーンが変わっても従前のシーンとのかかりがさりげなく作りこまれていて、時間が前後に移動するなかで物語が良い塩梅に次第にほどけ自然にふくらんでいく。個々のエピソードに仕掛けられた面白さが場面をつなぐ掛りや伏線の仕込みともなりさらに膨らんで回収されていくことにも惹かれる。それは天丼というのとは少し違うのだけれど、そこには観客の記憶に残る出来事が導く新たな笑いが何か所もあってそのたびに捉えられる。 座組最年長の平田満演じる少年、出てきたときには違和感を感じたりもするのだけれど、冒頭の伯母を演じる浅野千鶴との長めの会話のなかで次第にその関係がとてもナチュラルに感じられていくのが凄い。その後母を演じる片桐美穂や祖母を演じる井上加奈子との会話でもしっかりとした少年の実存感があって舌を巻いた。気が付けばその3人の女性たちの性格も自然に観る側に渡される。それぞれに異なって偏りやルーズさがあって、それが女性たちの実存感として筋書きの面白さを彩っていくことに心奪われる。初めて家を訪れた時、タオルが匂うといわれずっと根に持っている祖母の嫌い方から終盤まで登場しない妹の夫の風貌までが想像できたりもして、気が付けば彼らの醸すその家の空気の色にしっかりと染められてしまっている。俳優たちの人物造形の手練れさや確かさの賜物だと思う。 また、最近の野田慈伸作劇のふくらみの作り方の洗練にも思い当たる。単に一瞬ずつを作るだけではなく、そこには描いたものから生まれるふくらみへの企みの確かさがある。終盤彼が妹と息子を迎えに現れ、罪のない愛想とともに悪びれることなく四国出張の手土産だと今治タオルを差し出したのには爆笑した。仕掛けられた最高の地雷が爆発した瞬間であった。 観客には年齢の高い方もけっこういらっしゃった。齢を問わず楽しめる極上のエンターティメントであった。 東京公演は8月2日まで。 その後8月8、9日に豊橋での公演あり。
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2026年7月26日夕方に #半畳の宇宙『リチャード三世』を観ました。会場は高田馬場近くのBaBaBa。ネタバレがあります。 BaBaBaには初めて足を運んだ。元は印刷工場だという。高い天井、適度な間口と深い奥行きを持った空間。高めの舞台はその細長さに沿ってしつらえられている。入って左側に2段に高く組まれ床面と合わせて3段となる客席。場内は白で統一されている。 5人の俳優たち、衣装の基調も白。ただ白一色ということではない。そのなかに玉座を想起させるような背もたれ椅子の黒が際立つ。 リチャード三世の筋書きはぼんやりと知る程度だったが、前日の付け焼刃が功を奏してその概要は頭に入っていた。いくつかの名セリフの知識も得ていた。それらのことが助けとなり、メリハリをもって90分に編まれた舞台の歩みを自らの知識と共振させて追うことができた。 さらにはシーンやエピソードのあいだをつなぐ俳優たちの研がれ作りこまれた所作に引き入れられる。その所作は時に人物それぞれの一瞬の描き出しとなる一方で、時に一つずつの工程に作業を加え、それを次の作業に渡していく機械の動きのようにも感じられる。それはシェイクスピアの編む史劇の工場で定められた登場人物たちの運命の工程が進んでいくようにも思える。抗うこともできずその歩みに翻弄されていく人のありように繋がれてしまう。転じて演劇はそうして戯曲に定められた工程を歩んでいくものなのだとも感じる。 美しくタフで冷徹な舞台だと思う。ひとりずつの俳優の一瞬も見飽きない。そのなかで舞台は様々な表現の寓意や顛末の語り口に満ち、やがて作り手が紡ぎだす戯曲が内包する普遍へと形作られていくことに息をのんだ。
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2026年6月14日夜に waqu:iraz『#Trio-PPPP# ver-』を観ました。「Paperback Pick→Play→Party」の一作品。会場はPaperbackスタジオ。 ネタバレがあります。 入場すると3個のスーツケースがまず目に入る。壁際には背もたれ椅子。舞台上手の隅にはコンパクトな音響や照明の機材が置かれている。これは始まってから出演者が自らオペレーションをできそう。舞台面と客席の間は電飾と思しきもので隔てられている。やがて場内は満席に。 waqu:irazの舞台は2015年にスタジオ空洞で観た『プラスチックプール』が初めて。その時の俳優たちの身体のキレに圧倒され、そうして描き出すものの研がれ方に見事に嵌った。それ以来、様々な場所で様々な人数のキャストでの彼女たちの舞台を何度も観ている。今回のPaperbackスタジオは彼女たちの上演した舞台のなかでも狭い部類だし3人のキャストも選りすぐり感が強い。 自らを魔女だという彼女たち、その先では自らがあろうとする姿を一人ずつ描き出していく。オフィスでの仕事、スタイリスト、和菓子屋の店長、それぞれの担う現実を描き出す語り口はコミカルでもあり現実のありようでもある。それが台本やそれを支える身体や歌での表現とともに観る側の心当たりとなり実感となって渡されていく。気が付けば創意や表現の研がれ方とともに観る側の実感として響いていくことに取り込まれている。既成のコンサバティブな女性のあるべき論が巻物に手書きで丁寧に書き込まれ、それが体に巻き付けられている表現などを見て、その丁寧さへの遊び心が観る側に対する彼女たちが語り掛けるものの浸透力となっていることに心を捉えられる。コラージュされたような表現ではあるのだけれど、また舞台の広さからしてもこれまでのwaqu:irazのようなダイナミックな表現ではありえないのだけれど、そもそもPaperbackスタジオの空間にはにはなにか表現を呼吸させるような魔法がかかっている。そのなかでの魔法使いが描き出す断片たちには、表現の洗練に捕らわれつつ、目を奪われることのないこの空間でしか紡げない女性たちの温度をもった想いが感じられる。 当日パンフレットを読むと、作品は新潟、札幌、長野県上田市でのツアーを経てこの地に降り立ったとのこと。きっとその場所ごとに全く違う空間の舞台なのだろうと思う。作品にたっぷりと目を奪われた先で、それぞれの場所でどのような魔法がかけられたのか、そんなことも考えながらの帰り道だった。 #waquiraz# #TrioPPPP#
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2026年6月11日夜に #半畳の宇宙『##ハムレット×AI』を観ました。# 日本福音ルーテル蒲田教会にて。 会場は教会の聖堂、その祭壇の前のスペースを斜めに切って白いシートが敷かれ舞台が設えられている。小道具で大きなものといえば白い脚立と背もたれのついた白い椅子が一脚ずつ。小道具としてはスマホだのリコーダーだの小物が記憶に残る。 半畳の宇宙は山の手事情社からの団体ということで、その冒頭からかつて見たメソッドや語り口もふんだんに取り入れつつ、観る側を物語に導いていく。 ハムレットは何度か見ているのだが、物語をすべてということではなく、その一部というか枝葉が省かれていることが多くて、ましてや4人の俳優で演じるとなればそれの完全版を演じるなど無理な話、フォーティンブラスもローゼングランツ&ギルデンスターンあたりも出てはこない。でも、そのことが今回の語り口に重なると、物語の骨格の剥ぎ出しとなりその姿が見事に浮かび上がる。山の手事情社的な演じ方だからこその一つずつのシーンを演じ上げる強さもあるし「×AI」を関して切り出す新しさもあるし、一方でその切れ味に編み込まれた遊び心もある。また、描き方のなかで脚立や背もたれ椅子の使い方も生きる。骨格標本のようなハムレットの物語がライブ感を持ち、歩み、その顛末になることに圧倒される。気が付けば時間を忘れて見入った90分強であった。 衣装や音の使い方も洒脱、ノイズの使い方などもうまい。原典からのせりふの切り出しがしっかりと物語全体の血の流れとして機能していることにも関心、演出とそれを演じる俳優たちの力量を感じる。ダイジェスト版といえばそうなのだけれど、単にハムレットの良いところをさらったというだけではなく、「×AI」も物語にライブ感を与えるための良き潤滑剤となって、半畳の宇宙版のならではの筋肉をしっかりと感じることができたハムレットであった。
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