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りいちろ
@riichiros
お芝居をよくみます。ダンスや落語も好きです。映画や絵や写真はもちろんジャンルに縛られない表現も大好物です。 さくリさく企画とかもやっています。毎日が彩りを失うことなく、瑞々しく、たくさんに楽しくありますように。
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2026年7月29日昼に #アル・カンパニー『その後、火を焚いて踊ろう』を観ました。会場は新宿三丁目雑遊。# ネタばれがあります。 会場に入ると舞台にはテーブルと4客の椅子がおかれている。 登場人物は母、実家に里帰りした姉、子連れで帰省中の妹とその息子。最後のシーンには妹の夫もでてくる。 もともとはリーディング用に作られた短編3本を一つに束ねたとのこと。冒頭からシーンごとに展開が詰まっていて見飽きずおもしろい。その中にシーンが変わっても従前のシーンとのかかりがさりげなく作りこまれていて、時間が前後に移動するなかで物語が良い塩梅に次第にほどけ自然にふくらんでいく。個々のエピソードに仕掛けられた面白さが場面をつなぐ掛りや伏線の仕込みともなりさらに膨らんで回収されていくことにも惹かれる。それは天丼というのとは少し違うのだけれど、そこには観客の記憶に残る出来事が導く新たな笑いが何か所もあってそのたびに捉えられる。 座組最年長の平田満演じる少年、出てきたときには違和感を感じたりもするのだけれど、冒頭の伯母を演じる浅野千鶴との長めの会話のなかで次第にその関係がとてもナチュラルに感じられていくのが凄い。その後母を演じる片桐美穂や祖母を演じる井上加奈子との会話でもしっかりとした少年の実存感があって舌を巻いた。気が付けばその3人の女性たちの性格も自然に観る側に渡される。それぞれに異なって偏りやルーズさがあって、それが女性たちの実存感として筋書きの面白さを彩っていくことに心奪われる。初めて家を訪れた時、タオルが匂うといわれずっと根に持っている祖母の嫌い方から終盤まで登場しない妹の夫の風貌までが想像できたりもして、気が付けば彼らの醸すその家の空気の色にしっかりと染められてしまっている。俳優たちの人物造形の手練れさや確かさの賜物だと思う。 また、最近の野田慈伸作劇のふくらみの作り方の洗練にも思い当たる。単に一瞬ずつを作るだけではなく、そこには描いたものから生まれるふくらみへの企みの確かさがある。終盤彼が妹と息子を迎えに現れ、罪のない愛想とともに悪びれることなく四国出張の手土産だと今治タオルを差し出したのには爆笑した。仕掛けられた最高の地雷が爆発した瞬間であった。 観客には年齢の高い方もけっこういらっしゃった。齢を問わず楽しめる極上のエンターティメントであった。 東京公演は8月2日まで。 その後8月8、9日に豊橋での公演あり。
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また、感想をつぶやきたいけれど、今回のMrs.fictions presents『15 Minutes Made』はお世辞抜きに6団体が見事にベクトルを違えて粒ぞろいであった。 8月2日まで。テアトルBONBONにて。そのあと福岡。 #15mm東福#
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今日は電車にいろいろあった日。中野にお芝居を見に行くので少し早めの埼京線に乗ったのだが・・・ ・赤羽駅で前の駅に人立ち入りがあったので暫く停車するとのこと。池袋・新宿方面以遠には階段を隔てて湘南新宿ラインが5分後に出るので急ぐ方はそちらへとのご案内。 ・ところが数分して湘南新宿ラインの前を走る電車が異音のため停止したとのアナウンス。私は座っていてタイミングを逸して動かなかったけれど行って戻ってきたお客様がいらっしゃってちょっとかわいそう。 ・結局埼京線が10分遅れで先に出発し、少し気があせりつつ不幸中の幸いだと思っていたら、到着した新宿駅でもトラブルに遭遇。いつもならふたつのホームを使ってどんどん発車していく下り中央線が一編成だけずっとホームに停車している。東京駅での車両故障がありこのあとの電車が15分ほど来ないという。すでにかなり混んでいたのだが乗れる方はこの電車に乗ってほしいとホームのアナウンス。 ・しかも、この駅員さん、それだけでは乗客が満員電車に対し躊躇すると思ったのか満員電車に乗るコツを放送し始めたのにはびっくり。よく見てすこしでも隙間が空いている扉ならそこに背中から押しこめば乗れますとのこと。サラリーマンうん十年の経験則からしてもたしかにそうなのだけれど、JRからおおっぴらにこのやり方を推奨されたのは初めて。 ・「暫く電車は来ません。がんばってこの電車にお乗りください」との励ましとともに満員電車を推されたことも正直あまり経験がない。普段なら「混雑しておりますので一台待ってお乗りください」だよなぁ。確かに私も乗れたしそのあとにもそれなりに乗ってくる人がけっこういてよいアドバイスだったのだろうけれど、なんというかとても新鮮な体験だった。 ちなみにお芝居は目標にしていた開場時間にギリ間に合ったことでした。
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2026年7月26日夕方に #半畳の宇宙『リチャード三世』を観ました。会場は高田馬場近くのBaBaBa。ネタバレがあります。 BaBaBaには初めて足を運んだ。元は印刷工場だという。高い天井、適度な間口と深い奥行きを持った空間。高めの舞台はその細長さに沿ってしつらえられている。入って左側に2段に高く組まれ床面と合わせて3段となる客席。場内は白で統一されている。 5人の俳優たち、衣装の基調も白。ただ白一色ということではない。そのなかに玉座を想起させるような背もたれ椅子の黒が際立つ。 リチャード三世の筋書きはぼんやりと知る程度だったが、前日の付け焼刃が功を奏してその概要は頭に入っていた。いくつかの名セリフの知識も得ていた。それらのことが助けとなり、メリハリをもって90分に編まれた舞台の歩みを自らの知識と共振させて追うことができた。 さらにはシーンやエピソードのあいだをつなぐ俳優たちの研がれ作りこまれた所作に引き入れられる。その所作は時に人物それぞれの一瞬の描き出しとなる一方で、時に一つずつの工程に作業を加え、それを次の作業に渡していく機械の動きのようにも感じられる。それはシェイクスピアの編む史劇の工場で定められた登場人物たちの運命の工程が進んでいくようにも思える。抗うこともできずその歩みに翻弄されていく人のありように繋がれてしまう。転じて演劇はそうして戯曲に定められた工程を歩んでいくものなのだとも感じる。 美しくタフで冷徹な舞台だと思う。ひとりずつの俳優の一瞬も見飽きない。そのなかで舞台は様々な表現の寓意や顛末の語り口に満ち、やがて作り手が紡ぎだす戯曲が内包する普遍へと形作られていくことに息をのんだ。
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東野圭吾先生、亡くなったのか。作品にけっこう嵌った時期があった・・・。残念。 ご冥福をお祈りします。
8月の予定というかスケジュールを思案中。定期的な通院がたて込む月で、やぼ仕事がちょこっとあって、観に行くお芝居があって、月末に関西にも行きたくて・・・。今のところ舞台を観る予定は10本ほどで別段多い月ではないのだけれど・・・ スマホとパソコンのスケジュール表を見ながら、じじいの分際でかなり複雑なパズルにはまり込んでいる。
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NHKの #ミッドナイトタクシー、嵌って観ていた。全部をオンタイムというわけではなかったけれど、配信も利用して1度見る。週末にはその週の4日分を観る。 象子さんの非日常が編みこまれた日常が30歳の誕生日へとカウントダウンしていく感覚に惹かれ続けた。彼女を演じた古川琴音さんの編む女性の風貌も個性を湛え、その強さと不器用さと繊細さの綾織りに毎回捉えられた。なにげに稀有な人物造形だったように思う。 物語は彼女の日常を切り取った構成でもあるので、続編を編む余白もありそう。たとえば20代の終わりを描いた今回の作品に重ねて31歳の誕生日からの日々、30代に歩みだしての毎日の日常の非日常も観たい気がする。 余談だけれど番組の特番を観て、彼女が関わっているEテレ『#ねこの目美術館』のことを知った。今は過去作品の再放送を含めて土曜日の朝(11時30分)の放送だがこれも面白くて私の嵌りものになった。古川さんが画家の歌を歌いあげた過去回があってまあ耳に残ること。これも彼女の個性の賜物だと思う。
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2026年7月24日夜に #ムニ『#巨体』を観ました」。会場はアトリエ春風舎。 ネタバレがあります。 会場に入ると大きくて白くてふわふわ感のあるものが舞台面を大きく占有している。すこし目が慣れてくると齧歯目の動物のぬいぐるみが3匹おかれていることにも気付く。 3人での舞台。始まるとせりふはポップに、そして様々に変化球に組まれ時にスクラッチように音を飛ばし戻り語られる。はじめはそのリズムに翻弄されているのだけれど、やがてそのなかに犬、巨体の妹、その姉、姉妹を訪れる不動産屋の男という物語の構図が浮かび上がる。クロスして演じられる役柄、動物のぬいぐるみはしゃべる玩具でそれも後半にはにぎやかしにはいる。カオスにも思えつつ、物語がしっかりと刻まれていく。せりふの面白さに加えて照明も時に呼吸をするように巨体を彩る。あるいはその内側の影を透かして見せる。登場人物たちの言葉が重なるうちに気が付けばその家の風景にまで取り込まれている。不思議。 衣装も三人三様でそのデザインはキュートな犬だったり街の風景だったり派手なスーツだったりもするのだけれど、それを空間の色を成しその歩みに馴染む。行き場のなさや閉塞、悲劇に醸される喜劇のテイストに観る側も踊る。その先に物語の顛末が体感を伴って渡されることに釘付けになる。 そもそも、冷蔵庫に貼られていそうなチケットがわりのマグネットシールからしてそうなのだけれど、そこには研がれた箍のはずれ方をした遊び心があふれていて、終わってみればそれがデフォルメされつつ登場人物それぞれの心情の鈍にも醒め方にも昇華していることに驚嘆。 巨体の女性とその世話をする姉のもとに不動産屋が立ち退きを迫り、姉は出ていき妹は台車でその部屋から引き出されるという筋立て。気が付けばそこに立体的な想いの肉がつき、温度が生まれ、巻き込まれていた。 終わってみれば、相変わらず目の前の空間を占有しているその白い物体には一人の恰幅のよすぎる女性の風貌と時間が残る。姉や不動産屋の割り切り方も渡される。作り手、演じ手、美術、照明、音響総がかりでのその表現の底力に暫し愕然となる。 物販で表紙をその美術と同じ和紙で作ったという戯曲を購入。観るのとはまた違う言葉たちの豊かさや遊び心が印象が残る。実は一筋縄ではとらえきれない奥行きを持った作品なのだと感じた。 #ムニ巨体
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5年に一度しか機会が巡ってこないその無料の歳回りということで、帯状疱疹予防接種、2回目を終了。歳がずれると万単位での出費とのことでありがたい。 これからの一生ものみたいだしね。感謝。
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昨年夏にやった居酒屋演劇第二弾! 今年もやります!短編三本! 居酒屋で飲んで食べてしながら、 隣席の会話を盗み見したりガン見したりできます! 普通に居酒屋なのでかなりお席少ないので、気をつけて! 演劇と一緒にのみましょ〜
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暑いなぁ。公式な気温は36度くらいみたいだけれど、日陰に置いてある室外温度計は39.1度を表示。 いつもなら部屋が冷えたら概ね停止しているエアコンがずっと動き続けているものなぁ。 なんか真っ昼間から救急車のサイレンが何回か聞こえてきたが、熱射病の方が出ているのではあるまいか。
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2026年7月18日夜に  #ムシラセ『##煙の汽水域』を観ました。会場は小劇場B1。# ネタバレがあります。 劇場独特のL字客席、舞台の中央にはソファ、上手側にはテーブルとイス。 物語は阿岐之将一演じるひとりの男の3つの時代の誕生日で編まれる。最初は彼の20歳の誕生日、父親の葬儀から帰った彼と母と友人の場面。次に30歳の誕生日、家を出ていく同棲していた恋人と20歳の時と同じ友人。最後は50歳の誕生日、愛人との別れ、かつての友人の記憶。観ていて自分に正直に、不器用に生きる男の歩みに切なさも漂うのだけれど、それがダークな男の哀愁だけに感じられない人生喜劇にも感じられることに次第に捉えられていく。 ひとつずつの時代のありようがけっこう強烈でコメディを観ているようにすら思う。異儀田夏葉演じる3人の異なる女性、最初の時代の母親の人物造形に感嘆。傍若無人に遺骨に頓着なくアジしおを振りかける発想や精進落としのステーキにも笑ってしまいつつ、そこに違和感に感じられない人柄として見事に編まれている。その男が30歳の時の恋人を演じる中でのその性格の解き放たれ方も良い。その時の男には届かない彼女の自由さがしっかりと伝わってくる。50歳の男の愛人役にもその女性の雰囲気がしたたかに作り込まれていて、男のスマホをすべて覗き見るということも彼女ならさもありなんと思わせてくれる。それぞれのコミカルさを男のありようの奥行にする実存感があるのだ。 池岡亮介演じる男の友人のキャラクターもとても繊細に作り込まれていた。彼が実はゲイであることが観る側の腑に落ちる。彼の20歳、30歳のときの想いと男の姿の交わりにも、男が50歳にして甦る彼の存在にも見ごたえがある。 当日パンフレットによるとタイトルの汽水域とは川から流れ込む淡水と海からの海水が交じり合う水域のことだという。気が付けば年齢の移り変わりのなかで男がどのように染まり移ろい変化していくのかに見事に引き込まれている。物語のコミカルな部分に繋がれつつ、この主人公のようではないにしても自分も歳とともに変化していったことに思い当たる。年代ごとに次第に舞台がごたごたした複雑さから経験に丸められシンプルに変化していくことにも考えさせられた。 保坂萌作劇はまた一段とたくらみのしたたかさが増したような気がする。 おもしろうて、やがていろんな出来事が悲劇にも喜劇にも甦り、考えさせられる舞台だった。
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2026年6月18日夜に #祝祝『the# compote』を観ました。会場はPaperbackスタジオ。 Playback→Pick→Play→Party Vol.1参加作品。 ネタバレがあります。 会場にはいると、私が観た今回のフェスティバルのなかでは一番の装飾が施されている。中央にテーブルとイス、そして柱のようにそのスペースを囲み彩る4本の吊るし物。上手と下手にはティーセットなデカンタなども見える。上演パンフレットは1枚のはがき。そこに綴られた文章を読みながら開演を待つ。魔女からのその手紙が地続きのように観る側を物語に誘い込む。 美しいメイドに案内されてその部屋を訪れた女流推理小説家。メイドは彼女に席をすすめると、いくつかの不思議な問いかけをする。最後に甘いものを食べたのは何時かとか、革製品はなにを持っているかとか。また爪の写真を撮らせてほしいとか。その微かな違和感にすっと取り込まれているとケーキを出され彼女の作品を愛でるその家の女主人が現れる。よく抑制された彼女の語り口に自然に聞き入る。作家は彼女の言葉に甘えて相談事をする。戸惑いながら少しずつその女性の言葉に浸されていく作家のすがたに観る側もからめとられていく。 そんな彼女を訝る作家の兄、それは観る側の心情でもあるのだけれど、女性は作家の問題を解決し、寄り添うようにも染めるようにも作家を自らの操り糸に繋げてしまう。 女性の抑制された語り口、その中での一瞬の激情で作家を支配する。砂糖で煮含められるように次第に浸されていく作家のありよう、それはとても静かで深いところで観る側をも縛る。遂には彼女にコンポートされた作家が兄の飲み物にシロップを注ぎ入れるラストに、開演前に読んだ作家あての手紙の最後の「魔女」の二文字を思い出す。そのまま終演。 そのシロップがいかなるものだったのかは語られない。ただ、その想像がそのまま作品への余韻となる。 俳優たちのお芝居の静かで深いテンションが出口に向かうなかでも残っている。終わってみればこの上もなく上質なホラーでありフェアリーテイル。久保磨介作劇の魔法に見事にはめられてしまった。 #compote#
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また感想を呟きたいけれど、 Paperbackスタジオの  #祝祝『the compote』, 出色の舞台だった。 当日パンフレット代わりのハガキの文章に導かれ、俳優たちの演ずるテンションに捉えられ、気がつけば呼吸を忘れるように見入る。 その終わり方も研がれていた。滴るようにたっぷりの余韻が残った。
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自分の記録を兼ねて、3月に観た舞台、10本ほどの感想を束ねました。 2026年3月にポストした舞台の感想|りいちろ @riichiros
2026年6月15日夜に #コトリ会議『##この上のない下水筒』を観ました。会場はアトリエ春風舎。コトリ会議はまだこまばアゴラ劇場があったころから何度も観ている。##上のない下# ネタバレがあります。 場内に入ると立てこまれた舞台美術。古い建物の一室。正面の部屋の奥にはもう一部屋あるようだ。上手側がその部屋の出入り口になっていることがやがて知れる。 男の首吊りのシーンから物語が始まる。そのそばに立っている女性との会話が妙に心に残る。 その彼、朝倉くんのお通夜に集まる人たち。過去の同級生らしい。遺体は奥の部屋に安置されているという。正面の部屋には仮の朝倉くんが座っている。その状況がよくわからなくて、でも彼らの時間やそのなかでの会話やエピソードが重なるうちに彼らの今も、その記憶も、仮の朝倉くんの存在を通して浮かんでくる。様々な出来事の歪み方、トイレの話にしても、タケコプターのようなウィッグにしてもそう。ぞうさん銀行の300万円も、なにより雨水しか飲まない彼が持つ水筒も、その寓意を受け取り得ないままに自分のいくつかの記憶のテイストと重なっている。観ている顛末があって、その一方で出来事が舞台の見えない部分を巡り、過去の記憶の感覚となり、それぞれの今として訪れることへの感慨に染められている。 朝倉くん(仮)の居住まいを作家が演じていることで観る側の無意識に形作られる視座があって助けられる。照明にも鋭い切れをもったところがいくつかあり、音の差し入れ方が生むニュアンスがあることにも引き込まれる。俳優たちの醸す異なったトーンでの実存感が朝倉くんと彼らの過去の日常の膨らみになっているのも良い。 そうして終演後は、暫くそのつかみ切れないものへの得心や訪れる行き場のようなものに心を捉えられていた。登場人物たちの間の距離が淡々と愛想なく生々しく感じられたし、その彼らの想いが理解しえず、でも理解できるような気がした。それは言葉をつくしても埋められない、演劇だからこそ表現しうるそれぞれの学生時代から滴る今のありようにも思えた。
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昨夜の自分へのおみやげ。 さすが本場もん(?)の歌舞伎揚だけあってボリュームがある。 2枚あれば簡単なお昼ご飯に♪
本日の地震は鑑賞中の歌舞伎『盟三五大切』大詰四谷鬼横町の場で発生。セットの障子がガタガタっと音を立てた。客席がどよめいた。が、俳優の皆様すこしも騒がず粛々と物語を進める。さすがであった。 ちなみに演目は初見だったが。そんなことなどすぐに忘れて展開にずっと釘付け、ほんと面白かった。 あともう一つの演目、『華舞於河賑 俄獅子』も楽しかった。イヤホンガイドの解説によれば登場する俳優は皆様本名が「小川」、かつて五男五女をもうけた小川ひなさんの子孫とのこと。 歌舞伎俳優の血の繋がりを感じさせる舞台でもあった。
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ちょっと暴言というか、個人的に感じたことというか、愚痴である。 立憲民主党議員の「豊かな子は自衛隊員にならない」発言、意外と根が深い気がする。職業に貴賤はないし、それを承知でそのような本音が漏れ出るのであれば、豊かな子でも自衛隊員を志すためにはどのような待遇が必要なのかという議論にもなるように思うけど、慌てて訂正するだけで、本音が隠されている雰囲気でもないしなぁ。 重要議案をそっちのけで質問を重ねたその元ネタの文春砲がへ垂れた挙句に議員の領収書問題でブーメランが飛んでくるのを見ても、なにか一部の野党議員の国を良くする意志が感じられないままに足掻いていることが、今の歪んだ支持率の差を招いているような気がしてならない。 危うい部分もあるとはいえ、高市首相のイタリア首相との記者会見のまっとうさなどを見るにつけ、愚行なく実直に政策にとりくむ野党の姿勢ももっと見たいなぁと思う。実際にそういう国会質疑もあるのだから、野党はもっと野党として凛とさらなる矜持をもっていただきたいなぁ。
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2026年6月14日夜に waqu:iraz『#Trio-PPPP# ver-』を観ました。「Paperback Pick→Play→Party」の一作品。会場はPaperbackスタジオ。 ネタバレがあります。 入場すると3個のスーツケースがまず目に入る。壁際には背もたれ椅子。舞台上手の隅にはコンパクトな音響や照明の機材が置かれている。これは始まってから出演者が自らオペレーションをできそう。舞台面と客席の間は電飾と思しきもので隔てられている。やがて場内は満席に。 waqu:irazの舞台は2015年にスタジオ空洞で観た『プラスチックプール』が初めて。その時の俳優たちの身体のキレに圧倒され、そうして描き出すものの研がれ方に見事に嵌った。それ以来、様々な場所で様々な人数のキャストでの彼女たちの舞台を何度も観ている。今回のPaperbackスタジオは彼女たちの上演した舞台のなかでも狭い部類だし3人のキャストも選りすぐり感が強い。 自らを魔女だという彼女たち、その先では自らがあろうとする姿を一人ずつ描き出していく。オフィスでの仕事、スタイリスト、和菓子屋の店長、それぞれの担う現実を描き出す語り口はコミカルでもあり現実のありようでもある。それが台本やそれを支える身体や歌での表現とともに観る側の心当たりとなり実感となって渡されていく。気が付けば創意や表現の研がれ方とともに観る側の実感として響いていくことに取り込まれている。既成のコンサバティブな女性のあるべき論が巻物に手書きで丁寧に書き込まれ、それが体に巻き付けられている表現などを見て、その丁寧さへの遊び心が観る側に対する彼女たちが語り掛けるものの浸透力となっていることに心を捉えられる。コラージュされたような表現ではあるのだけれど、また舞台の広さからしてもこれまでのwaqu:irazのようなダイナミックな表現ではありえないのだけれど、そもそもPaperbackスタジオの空間にはにはなにか表現を呼吸させるような魔法がかかっている。そのなかでの魔法使いが描き出す断片たちには、表現の洗練に捕らわれつつ、目を奪われることのないこの空間でしか紡げない女性たちの温度をもった想いが感じられる。 当日パンフレットを読むと、作品は新潟、札幌、長野県上田市でのツアーを経てこの地に降り立ったとのこと。きっとその場所ごとに全く違う空間の舞台なのだろうと思う。作品にたっぷりと目を奪われた先で、それぞれの場所でどのような魔法がかけられたのか、そんなことも考えながらの帰り道だった。 #waquiraz# #TrioPPPP#
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