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カッコーの巣の上で# PARCO劇場🎭
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間宮祥太朗#
興奮した。
自分の中にある感性が共鳴し、
音を立てるのではないかというほどに、
興奮した。
それは、
アドレナリンでハイになるようなものとは違って、
沸々と湯が沸くようなものだった。
「これが間宮祥太朗のストイックか」
と呟いてしまった。
小栗旬、綾野剛、田中圭と、
同世代にストイックを化身にしたような人種がある。
しかし、
その魅力(彼らがスターたる所以)は、
ストイック自体ではない。
全て色が違う。
ストイックという花の種類だが、
その形も色も全く違う。
だからこそアートだ。
だからこそスターだ。
この感覚を与えるまでに洗練された表現は、
そう多くはない。
間宮からもそれを感じさせられた。
新たなストイックの花を見た。
その香り、その造形、
全てから感激を引き出され、本当に興奮した。
「カッコウの巣の上で」
大抵の場合、
昔に愛した作品を塗り替えられることは出来ない。
しかし、今回は違った。
それは、
昔の作品と"同じように"してくれたからではなく、
新しく魅せてくれた感激。
表現者として、
1番難しく、1番やり甲斐のあることかもしれない。
人が魅了される時、
そこには何らかの要素のかけ算があるように思う。
(私はかけ算できないが…)
例えば、
「愛×サスペンス」だったり、
「哀愁×ホラー」だったり。
今回の間宮は、
「優しさ×狂気」だった。
この2つは、混ぜるな危険の代表だと思う。
それは実生活においては触れない方がいい領域だ。
人間が堕ちていく要因の代表だと思う。
その恐ろしさが、目の前の舞台にあった。
しかも、それは狙われて出ているような類ではなく、
滲み出ている類のものだ。
…さらに恐い。
内容としてはホラーでもないし、サスペンスでもない。
どちらかといえば、社会派ドラマだ。
にも関わらず、
恐れを与えてきた。
思えば、
間宮自身に「よっ!」と、
酒片手に肩を叩くとき、
少しの恐さがあるように感じていた。
それは、
故意的に恐がらせているのではなく、
自然なものだ。
彼の中の何かを目覚めさせてはいけないんじゃないか
というような類のものだ。
彼自身にある、
優しさと狂気。
そこに艶もある。
私の中のアートも、
暴徒として集会を始めてしまった。
その責任は、
彼自身に飲みながらとって貰おうと思う。
いや、この勢いで出来た私の作品に、
出てもらおうか…笑