登録して招待リンクを共有すると、動画再生報酬と紹介報酬を獲得できます。

金田益実 Masumi Kaneda
@KanedaMasumi
書籍/映像の構成・文筆家。特撮関連多数。日本版トランスフォーマーコミック原作、東映TVシリーズ原案。映像ソフト解説、構成企画。創案キャラクターはジンライ+ 日本版G1キャラ。グランドキング、漫画『最新版悪魔くん』ミコ、魔王子ほか。『地獄童子』『最新版ゲゲゲの鬼太郎』もやりました。好きな映画は『クボ 二本の弦の秘密』。
2.4K フォロー中    5.2K ファン
【聴き逃し】クラシックの迷宮 「ウルトラQ」と「ウルトラマン」放送60年記念 #radiru#
映画『ウルトラマン物語』‼️ 映画の原点は舞台劇の撮影。異世界のウルトラ戦士にドラマがあってもいいんじゃないか? 長編ムービーになりました。 最後の最後でテレビで見たことのない劇場版初の新怪獣「グランドキング」登場❗️という構成。ウルトラ手強いです。
もっと見る
国立映画アーカイブは大手映画会社のネガ原版とフィルムを保存している。もしものことがあったら(例えば保存のための空調設備にお金がかかるのでやめるとかなったら)日本映画すべての遺産がパーになる。
もっと見る
1972年当時はオートバイのミニカーが人気でした。国内製品はモデルペット(アサヒ玩具)とダイヤペット(米澤玩具)。そこで同年、ポピーから初の合金キャラクタートイ「仮面ライダーミニミニサイクロン号」が発売。他社より大きい1/26スケールで、当初は玩具売り場のミニカーコーナーで売られていました。
もっと見る
一瞬でも円盤の映像を見たければTV『遊星王子』のオープニングに特撮の流用カットがあります。なぜわかるかというと1976年に山野ホールで行われた懐かしヒーロー上映会で確認しているから。「少年マガジン」に告知されたので会場は満員でした。このポスターの服も『遊星王子』で使われています。
もっと見る
1/5スケールの61式中戦車は日活の記録にると複数作られたようです。 映画に使用された1/15の相原模型製・郡司模型製造の1台は何とワンフェスの成人フィギュアコーナーで売られていたので購入保護。原口智生氏に差し上げ、レストアされてホビージャパンの「宇宙船」と「夢のかけら」に掲載されました。
もっと見る
後継ロボはプレッシャーケルン(マッハバロン)かな?スタッフも共通しているし。
小山内宏先生の文ですね。「少年マガジン」1966年11号の特集原稿を「怪獣画報」に再掲載したもの。ガラダマ呼称も同じです。高校生まで対象の秋田書店シリーズ。解説を読んで想像を膨らませました。
もっと見る
クレージーゴンは1970年の『ウルトラファイト』時期に学習雑誌で名前が掲載されたのを覚えているけど、円谷プロの製作黒板の写真を見る限りでは、もっと早くに命名されていたみたい。「狂ったロボット」という発想は飯島敏宏監督の劇場版企画『ウルトラマン ジャイアント作戦』の頃からあったと思う。
もっと見る
「ポケモン」のピカチュウが『ウルトラセブン』のカプセル怪獣+エレキングからの発想だとすれば、その前に『ウルトラマンキッズ』のエレピーが存在。『ウルトラマンキッズ』は『ロボタン』の元プロデューサー円谷皐社長の企画。バンダイにはエレキングを筆頭に「ピカモン」シリーズがありました。
もっと見る
TBS武田薬品提供ウルトラシリーズ(Q~セブン)の「タケダ、タケダ、タケダ〜」で始まるオープニング映像を製作したのが『ロボタン』の大広。テーマを作曲した小倉靖氏は『ロボタン』の主題歌も手掛けています。
もっと見る
@takuji_diorama 相原模型の1/15スケール商品とは別に日活映画『大巨獣ガッパ』の際に郡司模型で特注製作したのが1/5スケールの61式中戦車。そのうちの1台が『ウルトラセブン』の恐竜戦車に使われました。
もっと見る
『ウルトラセブン』のロボット、クレージーゴン。台本にはまだ名前がなかった。では撮影現場で何と呼ばれていたか?調べてみると写真のネガに“ロボタン”と書かれているのを発見。確かに頭も三角。短足で胸にはフタもある。 因みに『ロボタン』の局プロデューサーはフジテレビ時代の円谷皐さんでした。
もっと見る
小学館は『ウルトラマンレオ』放送当時、ウルトラ兄弟からレオ兄弟にシフトしていったのがわかる。ウルトラ兄弟特集の本格的な復活は数年後、第三次ブームの「てれびくん」を待たなければならない。
もっと見る
小学館は『ウルトラマンタロウ』撮影4クールで早々撮影を引き上げ新番組『ウルトラマンレオ』に。双子のレオ兄弟をポストウルトラ兄弟にオリジナル物語を展開しました。しかしテレビの弟アストラを双子にしなかったため、小学館は「マグマ星人の拷問でアストラの顔が変わってしまった」と苦肉の掲載。
もっと見る
「ウルトラ兄弟」でなく新名称の「ウルトラ戦士」(またはウルトラの戦士)で括ればレオ兄弟も80もジョーニアスもグレートも(以下略)一緒になるわけです。
もっと見る
公式は昭和のある時期から「ウルトラ兄弟」呼称をやめて「ウルトラ戦士」に統一。その時代が長く続く。ウルトラマンジャックは「ウルトラ戦士」からの名前だ。それ以前の小学館が始めた新マン呼称は『帰ってきたウルトラマン』放送終了の後についた。時期的には第二次、第三次ブームの約10年間である。
もっと見る
1963~65年になるとSF作家の多くが参入する30分テレビアニメーションの時代に。『鉄腕アトム』『エイトマン』『ビッグX』『スーパージェッター』『宇宙少年ソラン』『宇宙エース』『戦え!オスパー』他。これらSFアニメのおかげで1966年から始まる怪獣SF特撮テレビ映画への橋渡しが容易になりました。
もっと見る
国産テレビ映画初のSF作家は日立提供『鉄人28号』(1960)のアドバイザー星新一。続いて海野十三原作の松下電器提供『ナショナルキッド 地底魔城』(1961)。三洋電機提供『宇宙Gメン』(1963)には科学史家の金子務(当時・科学読売記者)が科学考査にあたった。三作とも家電メーカー番組というのが面白い。
もっと見る
13本製作したら通常は最後まで放送する。原作者・双葉十三郎氏の著書に、なぜ途中で終了したかの真相が書かれているらしい。聞くところによると前代未聞。視聴率ではなかった。製作側やテレビ局、代理店ではなくスポンサー側の理不尽な指示だという。双葉氏の膨大な著書から見つけられたら報告します。
もっと見る