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蒼井スミス aoi smiths|中尺思考
@aoismith2nd
ポッドキャスター/書く人 /会社員 話す:ポッドキャスト番組「中尺思考」(毎週月曜日更新) 書く:本×音楽×経済×ポッドキャストの論考 (毎週水/土曜日更新) #中尺思考# aoi.inquiry.4649@gmail.com
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バンドマンが食えないの議論、もう15年ぐらい同じ所をぐるぐるしている。そもそも音楽のみで生活をするという前提を外した方が良くて、あらゆる仕事にマーケティングは必要。 専業=本物という職業観自体、録音物が売れた50年ほどの副産物で、それ以前の音楽家はだいたい兼業かパトロンありきだった。異常値を規範と取り違えたまま議論してるから、前提が外れない。 岡田暁生『西洋音楽史』を読むと、教会と宮廷の庇護から市民社会の市場へ、という転換がそのまま書いてある。 例えば、初期の達郎はCM仕事で生活をしてた。なんなら代表曲のRide on Timeはマクセルのために書いた曲。 クリスマス・イヴは83年のアルバム収録曲が、88年のJR東海のCMで後から爆発した。 つまり、結果的にそうなったってだけ。 そもそもパートナーの小杉さんの営業力がバリバリ高かった。その要素もでかい。 で、ここが分水嶺。食える形は大別すると二つしかなくて、山下達郎型=横に商売のできる人間がいる分業か、曽我部恵一型=自分で会社を持って全部やる統合。 曽我部さんのやり方がマジでベストだと思うけど、あれをやれる人はほぼいない。 だとすれば実務的な問題は、分業の相方が絶望的に足りないことのほうにあると思う。 しかも、やれる能力のある人ほど降りる。普通の社会生活が送れなくなるし、バンドのマーケができる人は他の仕事でも通用するから。 つまり、有能な人間が合理的に判断するほどこの産業から抜けていく。人材不足は単価の問題として起きてる。つまり、努力ではなくて、構造のせい。 というか、前提を「音楽だけで食う」から「収入を分散させたまま続ける」に置き換えれば、そもそも説教の出番がない。そして、多くの音楽家が知りたいのは後者だと思う。俺の観測範囲だけど。
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思う所があり、長文です。 フジロックから帰ってきてから、ハイスタとAIRJAM世代への批判を目にしてるけど、あのMCだけ切り取って、ヤンキー崩れみたいな批判をすることはあまり有効ではないと思う。 というのは、実際の現場と今の言説にかなり乖離を感じるから。 実際、ハイスタの前にやってたTurnstileはボルチモア出身で、メンバーにアジア系、黒人、女性がいるように、白人男性中心のハードコアを広い世代と層に切り拓いたバンド。 彼らで一番盛り上がって、ユナイトする景色を作ってたのは、あの世代の人たち。そこには台湾の人や韓国の人もいた。Kneecapのマスク被って、サークルモッシュしてたアイリッシュの兄ちゃんもいた。 難波さんのMCは、まあ確かにもうちょい練ってから話してくれやと思わなくはないけど、難波さんは大体若い時からあのノリである。個人的に言いたいことは、40歳以上が政治に言及するとき、「俺分かんねえけど」は入れなくていいと思う。俺はこう思うでやるべし。だからこそ、言葉に責任持つ上で、どの仕事の人も勉強はやった方がいいと思った。それはマジで(もちろん自分もです) 俺はAIRJAM世代じゃないけど、東北ライブハウス作戦を主導したあの人たちは、何よりイデオロギーより現場主義で動くひとたちだと思うし、その男気みたいなものが保守的に映ることはあるかもしれないが、簡単な二分法では切れないというのが、正直なところ。 実際、今回のフジロックにも東北ライブハウス作戦のブースとかも出てるのよ。でも、そういう地道な話よりもデカい話の方がネットで拡散するじゃん。 何より、アジカンとTurnstileとハイスタのみんなで写真撮ったりもしてるし、自分の内なる何かへの嫌悪を、彼らへの批判と地続きでやっても意味ないと思う。誰も得しないし、得するのはそれこそ現首相と内閣でしょう。 彼らが嫌ってるのは、何より音楽と人文ですよ。 民衆が知識を得る入り口だからね。 音楽と人文は、もっと密接になるべきだし、パンクやヒップホップのような音楽は否が応でもそこと向き合う訳だが、同時にヤンキー的な現場主義も介在すべきと思う。 この二つが、分断してちゃダメだよ。で、音楽と人文はそれを繋げる力がある訳だから、そこの可能性を信じましょう。 というかフジロックってそういう場でしょう。
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