登録して招待リンクを共有すると、動画再生報酬と紹介報酬を獲得できます。

上善如水
@blog_jyozen_mg
頑張りすぎて疲れた人へ 水のように整える生き方を発信 住職|認定こども園理事長|企業代表 地下400mの水で衣類を洗う人 毎朝4時 調律法話| 水で整える洗濯術|ガリレオ松村
8 フォロー中    847 ファン
「執着しない心が人を育てる」 ― 老子 第四十九章 ― 【意訳】 聖人には、「これが絶対だ」という固定した心 はありません。 人々の立場に寄り添い、人々の心を自分の心と して受け止めます。 善い人には善をもって接し、善くない人にも、 やはり善をもって接します。 それが本当の徳だからです。 信じる人も信じ、信じない人にも、なお信頼の 心を向けます。 それが本当の信だからです。 聖人は、自分の考えを押し付けることなく、人 々の心を穏やかに包み込みます。 そして、すべての人を幼子のような慈しみの心 で見守るのです。 【法話】 人は知らず知らずのうちに、 「あの人は良い人」 「あの人は悪い人」 「この人は信用できない」 と、自分の物差しで人を判断しています。 もちろん、善悪の判断や危険を見極めることは 大切です。 しかし、その判断に心まで縛られてしまうと、 相手の変わる可能性まで閉ざしてしまいます。 老子が教える聖人は、過ちを犯した人にも善意 をもって接し、疑う人にも誠実であり続けます。 それは相手の行為を肯定することではなく、そ の人の中にある本来の善性を信じているからで す。 仏教ではそれを「仏性」といいます。 誰の心の奥にも、光は宿っています。 自我は人を決めつけます。 しかし良心は知っています。 相手を変えようと力むより、まず自分が穏やか で誠実な心を保つこと。 その姿勢が、相手の心を少しずつ開き、信頼を 育てていきます。 人を裁くより、人を育てる。 そのために必要なのは、固定した見方を手放し、 慈しみの心を持つことです。 今日出会う一人ひとりに、先入観ではなく、温 かな眼差しを向けてみましょう。 その心の調律が、人とのご縁を育み、自分自身 の徳を深める道となるのです。 合掌 👉「善い人にも善くない人にも善をもって接する。 誰の心にも光は宿っている。それが本当の徳だ。」 🌿今日も、いのちとご縁とご先祖にありがとう。 合掌 ●調律とは宗教や信仰ではありません。 良心・感謝・思いやりに立ち返り、心と生き方を 整える実践です。
もっと見る
「足るを知ることは成功の道」 ― 老子 第四十六章 ― 【意訳】 世の中が道にかなっているときは、馬は野を耕し、 人々の暮らしを豊かにします。 しかし世の中が道を失うと、馬は戦場へ送られま す。 人の最大の過ちは、必要以上に欲しがることです。 最大の災いは、「まだ足りない」と思い続ける心 です。 「今あるものに満ち足りる心」を知る人は、いつ までも豊かでいられるのです。 【法話】 現代は、「もっと」があふれている時代です。 もっと収入を。 もっと評価を。 もっと成功を。 その根底に「今の自分では足りない」という 思いがあるなら、どれだけ手に入れても心は満た されません。 老子は教えています。 「足るを知ることこそ、本当の豊かさだ。」 「足るを知る」とは、現状に甘んじることでは ありません。 今日いただいた食事に感謝する。 家族がいてくれることを喜ぶ。 生かされていることに気づく。 その感謝の土台があるからこそ、人は安心して 挑戦し、成長していけるのです。 自我は「もっと」を求めます。 しかし良心は知っています。 仏教では、苦しみの原因は「貪(むさぼり)」 であると説かれます。 親鸞聖人は、自らの煩悩を見つめながら、阿弥陀 如来の大きな慈悲に包まれていることに気づかれ ました。 「もっと持たなければ幸せになれない」のではな く、「すでに多くをいただいている」その事実に 目が開かれることが、人生の調律です。 私たちの人生は、「足りないもの」を数えるため ではありません。 「与えられているもの」に気づくためにあります。 不思議なことに、「足るを知る人」のもとには、 人も仕事も信頼も自然と集まってきます。 無理に求めるからではなく、安心という空気が 人を惹きつけるからです。 本当の成功とは、人より多く持つことではありま せん。 今ある幸せを味わいながら、今日も誠実に歩み続 けられること。 それこそが、「足るを知る」という生き方なので す。 これが調律です。 合掌 👉「足りないものを数える人生より、与えられ ているものに感謝する人生を。足るを知る心が 今日を豊かにする。」 🌿今日も、いのちとご縁とご先祖にありがとう。
もっと見る