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2020年に入るとようやく新型車が投入され始めた。前年12月に就任した内田誠社長(当時)の下、2020年5月の決算発表で6712億円の赤字を計上した日産は、「NISSAN NEXT」を掲げ、18か月で12モデルの新型車投入を打ち出した。その後の日産にはアリア、ノート、エクストレイル、セレナなど、遅まきながら新しい世代の商品が少しずつ揃い始める。 もちろん個々の成功や課題については様々な評価がある。しかし重要なのは、その評価そのものではない。長く止まっていた商品開発の歯車が、ようやく再び回り始めたという事実である。商品で勝負するメーカーにとって、それはスタートラインへ戻るための最低条件だった。 ここで、どうしても整理しておかなければならない出来事がある。経営そのものというより、市場の誤解が生み出したノイズについてである。 新型車不足で販売戦略をもっぱら値引きに頼っていた日産は、コロナ禍による世界的な自動車の供給不足で一度“小さく”V字回復した。やっとの思いで新型車を並べ始めたところで、突然需給が締まったおかげで値引きせずにクルマが飛ぶように売れたのだ。 そこまでは良かったのだが、この間、品不足でパニックに陥った米国販売店の過剰発注が原因で、需要に供給が追いつき始めると途端にディーラーで車両がダブついた。V字回復の反動がきたのである。在庫過多でキャッシュフローが悪化した販売店は値引きで切り抜けようとし、せっかく刷新された新型車の高付加価値ビジネスを崩してしまった。いわゆる過大インセンティブである。これによって日産は2024年度の第1四半期決算で営業利益の99%ダウンを喫する。 実態としては、最大の懸念材料であった商品の刷新は確実に進展しており、過大インセンティブ問題さえ対処すれば回復できる一過性の問題だったのだが、これをメディアが「日産の利益が99%ダウン」と面白おかしく切り取って広めた結果、日産の経営危機説が急速に広まった。筆者の責任で断言しても良い。この時点での「日産経営危機」報道は限りなくデマに近いものだった。  ところが市場はこれに反応し、そこに極めて運が悪い悪いタイミングでホンダとの提携話が加わったことで「瀕死の日産をホンダが救済」という事実無根のナラティブが出来上がったのである。公式説明では、例えばVtoXの統一規格など「数をまとめないと主導権が握れない」技術について、かつてのVHS連合の様な緩やかな協力体制を築きたいという話に過ぎなかった。しかし降ってわいたナラティブによって、一方的に「往生際が悪いダメ企業」のレッテルを貼られ、立て直しの道半ばで内田社長は退任を余儀なくされた。 さて、ノイズの説明はこのくらいにして本題に戻ろう。 新型車がリリースされ始めたことは朗報ではあるが、それだけではまだ十分ではなかった。第3章で見てきた問題は、新型車が出なかったことではない。財務指標が経営の中心となり、本来会社の存在理由である商品が従属変数になってしまったことだった。だとすれば、本当に立て直さなければならないのは新型車の台数ではない。経営そのものを、もう一度商品中心へ戻すことだ。 内田社長の後を受けたイヴァン・エスピノーザ社長は、その方向性を、「Nissan Vision」という形で明確に打ち出した。筆者がその資料を読んで最も印象に残ったのは、販売台数でも利益率でもない。商品そのものを経営の中心へ据え直そう、というごくまっとうな、しかし日産にずっと失われていたBtoC企業としての本筋である。 その象徴が、商品群を4つに分類した考え方だった。従来の商品戦略は、市場規模や販売台数、採算性といった尺度で語られることが多かった。しかしNissan Visionでは、商品を「HEARTBEATモデル」「コアモデル」「グロースモデル」「パートナーモデル」という4つの役割で整理している。ここで重要なのは分類名そのものではない。それぞれの商品が会社の中でどのような役割を担うのかを、経営として先に定義したことである。 例えばHEARTBEATモデルはブランドの象徴であり、コアモデルは日産の経営を支える中核商品、つまり会社のメシの種。グロースモデルは将来の成長を担う戦略的モデル、パートナーモデルは協業によって商品ポートフォリオの歯抜けを補完し、利益を上乗せする。これらは単なる商品企画上の分類ではない。会社として「なぜこの商品を持つのか」を最初に決め、その役割に沿って投資し育てていくという経営思想の中核そのものである。 筆者がここに注目した理由はもうお分かりいただけるだろう。第3章で見てきたように、かつての日産は財務指標を最優先にした結果、商品が経営の従属変数になってしまった。採算性だけを物差しにすれば、商品は簡単に整理・縮小の対象になり得る。しかし商品を会社の骨格として位置付ければ、短期的な数字だけを理由にその存在意義を判断することはできなくなる。もちろん市場環境が変わればモデルの統廃合は今後もあるだろう。しかし少なくとも、「この商品は会社にとってどんな意味を持つのか」という問いを最初に置く発想へ戻ったことには、大きな意味がある。 言い換えれば、これは商品戦略の話であると同時に、経営思想の話でもある。自動車メーカーは商品で飯を食う会社である。その当たり前を改めて経営の中心へ据え直そうとしたことに、筆者はNissan Visionの本質を見ている。 もちろん思想を掲げただけで会社が変わるわけではない。商品開発には時間がかかる。工場も、人も、技術も、販売網も、一夜で変わることはない。しかし経営のコンパスが財務から商品へ向き直ったのであれば、その成果はいずれ商品となって現れるはずである。 少々メタな話になるが、…↓
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