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筋肉弁護士
@kinnikuben
筋肉弁護士の桜井ヤスノリです。リベラルアーツとリーガルマインドを啓蒙します。好きな言葉は「自由とは必然性の洞察である」。第二東京弁護士会に嫌々所属。仕事の依頼はLINEまで🆔sakulieyasunori
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お前絶望的に頭弱いな。 生まれ育った母国で国旗損壊罪に反対する意思を表明しているだけの、ただの普通の一国民=愛国者だろ
つい先日も神武天皇が史実だと思っている男系男子派の人と討論番組に出ました🥺 紀元前660年🥺 弥生時代😭
9年前15歳のときの、愛子さまの文章。マジで読んだ方が良い
作家の柳美里さんがXで願望一本足打法のネトウヨからヘイトされている。 「通名は在日特権だ」という願望もベースになっているので今日はこの主張がいかに事実と法制度の両面で破綻しているかを整理する。 まず大前提として、柳美里という名前は通名ではない。ペンネームですらない。本名である。私もなぜか通名を使うなと言われることがあるが、人生で一度も通名を使ったことがない。 次に、通名という制度の経緯を確認する。起点は1939年制定の朝鮮民事令改正と「朝鮮人ノ氏名ニ関スル件」に基づき1940年2月11日から実施された創氏改名である。 朝鮮人に日本式の氏の設定を強いたのは、本人の選択ではなく当時の日本の統治政策だった。 戦後は1947年の外国人登録令、1952年の外国人登録法の下で登録原票に通称名の記載欄が設けられ、在日コリアンの多くは就職差別や入居差別を回避するために日本名を使い続けざるを得なかった。 つまり通名の歴史とは、強制に始まり、差別への防御として続いた歴史である。これを「特権」と呼ぶのは、歴史の加害と被害を反転させる倒錯。 現行制度。2012年7月9日に外国人登録法は廃止され、外国人住民は住民基本台帳法の適用対象となった。 通称の住民票記載は住民基本台帳法施行令第30条の16に基づき、国内における社会生活上通用していることを疎明する資料を提出し、市町村長が認めた場合に限られる。 変更や削除の履歴も住民票上で管理され、旧制度より厳格化されている。実務上も、既に社会生活上使用している実績を在職証明書等の資料で疎明することが求められ、これから使う名前や使用実績の乏しい呼称を通称として登録することはできない。 好き勝手に名前を作って使い分けられる制度ではない。付言すれば、廃止前の外国人登録法の下では、通称名は同法第4条第1項の法定登録事項ですらなく、登録原票の様式上の欄に職権的に記載される事実上の運用に過ぎなかった。 つまり通名は、2012年に至るまで法律が正面から保障した「制度」ですらなかったのである。法が特別に与えた利益という意味での「特権」など、どこにも存在しない。 そのうえで「特権」性を検証する。 第1に、通称の住民票記載は在日コリアン固有の制度ではなく、国籍を問わずすべての外国人住民に開かれた一般制度である。特定民族への優遇という「特権」の定義を満たさない。 第2に、日本人にも戸籍名以外の名前で生きることは広く認められている。 夏目漱石の本名は夏目金之助であり、江戸川乱歩の本名は平井太郎である。タモリの本名は森田一義、明石家さんまの本名は杉本高文だ。 大相撲では花田光司が貴乃花という四股名で横綱を張り、歌舞伎では市川團十郎という名跡が代々襲名されてきた。 政治の世界でも、本名林寛子の扇千景は芸名のまま立候補して参議院議長にまで上り詰め、本名猪木寛至のアントニオ猪木もリングネームで国会議員を務めた。 結婚後も旧姓で働く会社員や研究者は無数にいるし、旧姓は2019年11月5日から住民票とマイナンバーカードへの併記が制度化された。 弁護士も日本弁護士連合会の職務上の氏名の制度で戸籍名以外の名前で職務を行えるし、裁判官すら旧姓での裁判文書への署名が認められている。 戸籍名以外の呼称で社会生活を送ることは、日本人にとってもごく普通のことなのである。 日本人がやれば文豪であり国民的タレントであり横綱であり参議院議長なのに、外国人がやると突然「特権」と呼ばれる。これは論理ではなく差別だ。 第3に、「通名で犯罪歴を隠せる」という定番の妄想について。 在留カードに通称は記載されず、警察も入管も本名で身元を管理している。逮捕報道で通名が使われるか本名が併記されるかは各報道機関の編集判断の問題であり、法制度が外国人に与える利益ではない。 結論。通名はもちろん何の特権でもない。 制度の淵源は創氏改名という強制にあり、戦後の使用は差別を避けるための防御だった。しかも通名は長らく法律上の根拠規定すら持たない事実上の運用に過ぎず、現行法下では使用実績の疎明を要する厳格な仕組みである。 柳美里さんは通名を使ってすらいない。事実の前提が崩れ、法制度の理解も誤り、歴史認識は転倒している。三重に破綻した言説で個人のルーツを攻撃する行為は、批判の名に値しない。ただのヘイトである。
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