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りん|美術館学芸員
@rinhwan_blog
美術館学芸員(育休中)|西洋美術史修士 学芸員のリアルな日常と、好きな美術の話を書いてます 🖼️ 学芸員の鑑賞メモ→ #りんの鑑賞ノート#
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子どもが生まれた瞬間、世界が、赤ちゃんとふたりぶんのサイズまで小さくなる。あのやわらかい時間を知っている人が描いた絵だと思うんです。 画面のほとんどが、真っ白なシーツ。 よく見ないと、どこに人がいるのか分かりません。 そのまっしろの海から、頭がふたつだけ出ています。お母さんと、生まれたばかりの赤ちゃん。描いたのはスペインのソローリャで、モデルは奥さんと、その日生まれた自分の子どもです。 おもしろいのは、最初の構想だと奥さんはこちらを見ていたらしいこと。 でも完成版では、視線をずらして、赤ん坊だけを見ている。 私も子どもが生まれてしばらく、白い部屋で過ごした時間を、この絵を見るたび思い出します。世界が、病室の中だけになる、あの感じ。ソローリャは、奥さんの目をこちらからそらしただけで、それを全部描いてしまったんですよね。すごいな、と思います。 🖼 ホアキン・ソローリャ《母》1895–1900年、カンヴァスに油彩、ソローリャ美術館(マドリード)所蔵 #りんの鑑賞ノート#
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生きてるあいだ、ずっと「頭のおかしい人」扱いされていた画家。ウィリアム・ブレイクです。 詩も書いて版画も刷って、自分にしか見えない幻を「これは曖昧な霧なんかじゃない、細部までくっきり見えている」と言い張った人。売れず、理解されず、笑われた。版画の技法まで自分で編み出したのに、まともに評価されないまま亡くなりました。 それが今では、18世紀イギリスを代表する画家のひとり。この《イヴに勝ち誇るサタン》にも、蛇に絡めとられた人間の姿に、彼の世界観が詰まっています。 おもしろいのは、200年以上たっても彼の絵が全然「安全」にならないこと。きれいに飾れる過去の名画にならないんですよね。今見ても、どこか落ち着かない。そこがブレイクのすごみだなと思います。 🖼 ウィリアム・ブレイク《イヴに勝ち誇るサタン》1795年、色刷り版画に黒インク・水彩、J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)所蔵 #りんの鑑賞ノート#
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ナチスが「退廃芸術」と呼んで処分しようとした絵の山を、ひとりの女性が自宅の地下に隠し続けました。 家は何度も捜索されたのに、最後まで見つかりませんでした。偽の壁の奥にしまっていたらしい。 カンディンスキーの代表作の多くは、こうして生き延びました。 隠したのはガブリエーレ・ミュンター。80歳のとき、その1000点超をまとめて、ミュンヘンのレンバッハハウス美術館に贈っています。だから、青騎士の絵をいちばん見られるのは、いまもミュンヘン。 ふたりの関係を描いた映画《ミュンター&カンディンスキー》(2024年)もあるので、気になった方はぜひ。 🖼 ヴァシリー・カンディンスキー《ムルナウの鉄道》1909年、油彩、レンバッハハウス美術館(ミュンヘン、GMS 49)所蔵
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32歳で亡くなった妻の死に顔を描きながら、モネは悲しむより先に「色」を観察してしまう自分に気づいて、ぞっとしたそうです。 そのことを打ち明けたのは、40年近くたってからでした。 1879年9月、長いあいだ彼のモデルをつとめた妻カミーユが世を去ります。売れない貧しい頃から、ずっと隣にいた人でした。 亡骸を前にして、モネの目に映ったのは、青、黄、灰色。死が彼女の顔に置いていく色の移ろいを、自分が画家として、ほとんど反射で目で追っている。「この顔を覚えておきたい」と思うより、先に、です。 この絵は売られることも、人前に出されることもなく、モネの寝室にかけられたまま生涯手元に残りました。署名もありません。下にある名前は、没後に息子が押した印です。 愛することと、画家であることを、最後まで切り離せなかった人なんですよね。 🖼 クロード・モネ《死の床のカミーユ》1879年、カンヴァスに油彩、オルセー美術館(パリ)所蔵 #りんの鑑賞ノート# #モネ#
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