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『風林火山のむすめ』5/20発売!! 木下昌輝
@musketeers10
5月『風林火山のむすめ』を刊行! 歴史エンタメと創作論について呟く。歴史に翻弄されるアラヒフの歴史小説家。 直木賞候補4回。作風ダークになりがち。長編は苦手、短編の方が得意。趣味は無。焼肉とラーメンが好き。フレブルと同棲中。24年6月「愚道一休」
가입 September 2012
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11月発売、「汝、室町の王たれ」 6人目のインタビュいーは三島外記という細川家の郎党です。 以前にもいったように、管領の細川頼之は〝いい人〟でした。 三島は身分は低かったですが、頼之とおない年だったために非常に親しくしたそうです。 頼之は、明徳の乱後に病死しますが、 三島外記はその追い腹を切ったことで知られています 何かの資料には、日本初の殉死と書いてありました(ほんとかな?)。 三島外記の口から語られるのは、明徳の乱の直前 義満は富士山や高野山、厳島神社などにしきりにでかけた遊覧についてです。 遊び好きの義満らしい行動ですが、 富士山遊覧の結果、鎌倉幕府は政治的に動揺し 高野山遊覧では攻め寄せてきた南朝が山名氏清によって敗北し 厳島神社遊覧では、それまで没交渉になっていた細川頼之と義満が和解し、豪傑の大内義弘が在京を決定します。 明徳の乱の勝利の布石が着々と打たれていくのです。
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11月発売の「汝、室町の王たれ」 5人目のインタビュイーは加賀局です 公卿の中山親雅の妻ながら、その管弦の技を見込まれ、義満の妾となり、ふたりの子供を産みました。 義満にとっては最初の子供でしたが、なぜか後継者からは外されます 義満の大事な宴などで、筝の技を披露したようです。 ちなみにですが この頃、朝廷では藤原宣子という人物が力を持っていました。 後光厳天皇とは姉弟のようにして育ち長ずると、女官として仕えました。 足利義満や後光厳天皇の子の後円融天皇の妃に自分の一族をあてがうなど力を持っていたそうです。 宮廷の女性関係を管理する立場だったとも。 宣子自身も六位蔵人の身分の低い男と愛人関係にあり、その男が増長はなはだしかったと記録にあります。 なんか、朝廷の男女関係ってすげー奔放なんですよね。 安土桃山時代にも密通事件とかあったので、そういう文化だったのやもしれません。 だからこそ、義満が妃と密通したと、後円融天皇も疑ったのでしょう。 加賀局の口からは、 義満が後円融天皇をいかに追い詰めたかが語られます
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