政治の話をすると、気まずい空気になるかもしれません。
「思想が強い」と避けられたり、「文句があるなら、自分が政治家になってから言え」と言われたりすることもあります。
けれど私たちは、政治を自分たちの生活の問題として話し合い、権力を監視し、必要なら異議を申し立てることについて、十分に学ぶ機会がないまま育ってきたのではないでしょうか。
だから、政治について話すことを特別な行為や、政治家だけがすることのように感じてしまうのかもしれません。
社会にある問題まで、個人の能力不足や努力不足として処理されることがあります。
働けないのは努力が足りないから。
生活が苦しいのは自分の選択の結果。
心を病むのは本人が弱いから。
けれど、個人の努力だけでは解決できない問題もあります。
精神疾患で医療機関を受診する人は増えています。
若者の自殺者数も高止まりし、小中高生の自殺は過去最多水準にあります。
もちろん、その原因は一つではありません。
家庭、学校、仕事、人間関係、病気、経済状況など、複数の要因が重なっています。
それでも、社会の側にある問題まで、すべて本人の自己責任として片づけてよいとは思いません。
私たちが政治から距離を置いている間に、権力を監視する力は弱まりました。
そして今、軍備の拡大や、緊急時の権力集中、憲法が持つ戦争への歯止めを弱める動きが進んでいます。
私は、政治に無関心だった過去の自分を反省しています。
だから今は、民主主義国家の市民として、政治を見て、考え、選挙に行き、必要なときには声を上げたいと思っています。
重たい話をしてごめんなさい。
でも本来、政治は私たちの生活そのものです。
政治の話をする人がおかしいのではなく、政治の話を安心してできない社会の方が、おかしいのだと思います。
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めちゃくちゃな政治に抗議0710#