「進化」という言葉を、ぼくらはビジネスの現場でもよく見かける。組織を進化させる。思考を進化させる、などなど──進化生物学者デイヴィッド・スローン・ウィルソンは、その安易な比喩の用い方を直そうとする。本書の主張を一言でいえば、「進化とは生物の体の話だけではない。それは、変異と選択と継承がある場所ならどこでも起きる、普遍的なプロセスだ。だから、人間の社会や文化や制度もまた、進化の言葉で理解できる」ということになる。だが、日常で使われる「進化」という語は、そのような定義から外れていることが多い。
著者が繰り返し使う軸が、「マルチレベル選択」である。淘汰は、遺伝子・個体・集団という複数の階層で同時に働く。この視点を、生物だけでなく人間の社会組織にまで一貫して適用していく。
ぼくがこの本で膝を打ったのは、著者が実際の街づくりの現場にこの理論を持ち込む場面だった。彼は、自分の住む都市で住民の協力行動が地域ごとにどう違うのかを実地で調べていった。理論を机上に留めず、フィールドに下ろしたのだ。その態度の根っこには、著者の変わらぬ問題意識がある。それは、利己と利他をめぐる問いである。なぜ生物は利他に似た行動を取るのか。結論から言えば、最終的には利他っぽい行動が集団全体の利己に結びつくから、ということに行き着く。
そして、一部生物の進化の歴史は、この利己と利他がせめぎ合いながら、集団全体の存続を実現してきた歩みとして理解できる。きょうも、多くの生物種の中で利己と利他がぶつかり合っているのだ。
本書がぼくらに与えてくれる視点には大きな意味がある。ぼくらはつい、社会の問題を「個人の心がけの問題」に還元してしまう。もっと思いやりを持て、もっと協力し合え、と。でも、本書は言う。協力が生まれるかどうかは個人の善意ではなく、その集団がどう設計されているかで決まる、と。
そして問う。
ぼくらが生きているこの社会は、利己と利他、どちらのレベルの淘汰を強く働かせるように設計されているのだろうか、と。
個人の利己を煽る仕組みか。それとも、集団の協力に報いる仕組みか。社会は「どう進化するのか」を知ることは、たぶん、ぼくらが社会を「どう設計したいのか」を自分の頭で考え始めるための最初の一歩なのだと思う。利己を突き詰めた結果、環境適応ができなかった生物種もある。なら、ぼくら人類がどちらかに傾斜しすぎて環境適応が不可能となり、絶滅の憂き目に遭うことも当然あり得るだろう。
『社会はどう進化するのか 進化生物学が拓く新しい世界観』デイヴィッド・スローン・ウィルソン著、高橋洋訳、亜紀書房
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