これ、海外の方からも色々反応があるけれど、海外の方は単に「歴史的な場所を毀損した」ことへの怒りが多いみたい。
実はそうではないんだよね。
日本人から見た場合、これらの行為は「神の家に、スプレー缶で大きく落書きして逃げる行為」に等しいの。
それは大変無礼な行為であり、目上の方への冒涜でもあり、神の怒りを恐れぬ行為といえる。
だから、日本人は怒っているし、こういう人間と関わり合いになりたくないと思っている。
神の怒りは様々な形で出る。
天変地異の災害もあれば、自分自身が事故や病に遭うこともあるし、もっと悪ければ自分の身内にも降りかかることもある。
最悪のパターンは、一族郎党末代までその怒りが及ぶこともある。それによって、血が途絶える(家系断絶)ということもあると、日本では信じられているし、過去にはそのようなことがあったという逸話もたくさん残っている。
もちろん一緒にいて、止めなかった人間も同罪であると見做される。
自分達の国の神は赦すかもしれないけれど、日本の神は赦さないこともあることを知った方がいい。
そして、多分このような問題が増えていけばいくほど、海外の人は日本人が「無宗教者」であると言われていて、宗教がないことによる「信心の無さ」や「道徳心の欠如」などと思い込んでいたものが間違いであると知るだろう。
日本人は、とても信心深い。今でも験担ぎは当たり前に行われるし、何かの折には神に祈り、神に捧げ、神と共に在ることを感謝している。
それが宗教ではなく、戒律のように縛られるものでもなく「当たり前に日本人の心に根付いている」というだけ。
神を信じているけれど、特定の宗教は持っていない、ただそれだけ。
神様というものがとても身近にあるから、神を畏怖し、神を尊び、神と共に食や酒を交わして、感謝を持つ。
「お陰様」(OKAGESAMA)という言葉はそこから来ている。
日本人は、別に外国人を排除しようだなんて思っていない。
ただ、日本には日本のルールがある。
そしてそれは、明確に外国とは違う。
神の在り方も、神の考えも、すべて違う。
それらをきちんと尊重し、日本のあるべき姿に沿ってもらえるのであれば、日本人は強く排除なんてしない。
隣人として、添うことができる。
でも、それをしない人に対しては、一定の限度を超えると、一気に排除に傾く。
今がそうなりつつある。
外国の皆さんは、日本に来るのならば、日本のルールを守ってほしい。
でないと、「神の怒り=祟り(TATARI)」に私たちは巻き込まれたくないから、排除するしかなくなる。
そして、神の怒りである祟り(TATARI)と呪い(NOROI)は似て非なるものである。
祟りは神のもの。
呪いは人や悪魔のもの。
日本の神は「祟り(TATARI)=神罰」を下す。
どうか、日本人をその祟りに巻き込まないでほしい。
そして国も、問題を起こす外国人を、いい加減実習生や事業主を含めて、入れるのを抑えてほしい。
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