【1年以上町長が決まらなかった: 1992年広陵町長選】
町長選で誰も法定得票数に届かなかった結果、約1年半も町長が不在になったというとんでもない事例が存在します。
奈良県の広陵町では、1991年に公共工事をめぐる汚職事件が発覚して町長が逮捕されて辞職に至りました。
この辞職を受けて1992年に町長選が行われ、7人が立候補しました。大半の候補者は町の有力者で各地区の代表としてそれぞれの支持基盤を持つ有力候補でした。
大乱戦となった結果、誰1人として法定得票数に届きませんでした。
そして、近日中に再選挙が行われると思われていました。
しかし、52票しか獲得できず最下位であった町外在住の候補者がこの選挙に対して選挙執行に落ち度があったと町選挙管理委員会に異議申し立てをしたのです(なお、異議申し立てをした候補は奈良県各地の選挙に立候補をしていた様々な黒い噂があった人物の親族でした)。公職選挙法では異議申立や訴訟が行われているときは裁決が確定するまでは再選挙を行うことができないと規定されているため、再選挙をすぐに行うことができず、町長不在の状況が続いたのです。
『「その選挙結果に異議あり!」選挙結果への異議申し立ての結果、500票差が入れ替わった地方選挙があった…?!』▼
で紹介したように、町レベルの選挙では選挙結果に異議がある場合、町選管に異議を申し立てをし、その結果に不満がある場合は都道府県選管に、さらに不満がある場合は高等裁判所に、そしてさらに不満がある場合は最高裁判所で争うという形になります。
この広陵町長選で異議申し立てをした候補は最終的に最高裁まで争ったため、この係争は長引きました。
この長期間にわたる町長不在の状況に町は混乱し、当時の自治大臣が過去の裁判をもとに係争中でも再選挙を実施するべきと発言した他、広陵町議会や奈良県議会が公職選挙法の整備を要望する意見書を可決するなどといったことも起きました。
しかしながら、裁決が確定するまで再選挙は行われず、最高裁による棄却という確定まで約1年半を要し、このような長期間にわたって広陵町は町長不在という状態になっていました。
なお、再選挙の立候補者は3人だけになったため、再々選挙にはならず、長期間にわたる町長不在という状況は終わったのです。
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