わかる。自分が学生のころの英語学習でいう、紙の辞書から電子辞書への移行と似てる。あと、本をAmazonで買うか、本屋に行って買うか?にも似てる。
もともと読書が好きだったのだが、明らかに最近、読書に対して腰が重くなっている。
というのもAIで自分に最適化された情報が、すぐに、端的に出てきてしまうからだ。
また、AIは出してきた情報に対して質問や意見をぶつけたりでき、双方向的に話が進むから、思考が深めやすかったり記憶に定着しやすいように思う(気のせいかもしれない)
しかしその一方で、想定もしなかったような情報との出会い、自分の視野が広がるような体験が減っている感覚がある。
AIのおかげで必要な情報に最短距離で辿り着くからこそ、遠回りしていたおかげで出会えていた景色を毀損しているのだ。
最短距離というのは生産性という観点では正しく、実に資本主義らしいものだが、人生とは遠回りを楽しむ心の余白にこそ何かが詰まっている。
たとえば、旅行で目的地を定め、その目的地に最短距離で着くことが果たして本当に楽しい旅行なのかと言うと、多くの人の答えはNoだ。
目的地に向かう過程こそが旅行であり、その道中で食べ歩きをしたり、道草を食ったり、そもそも目的地をノリで変えてしまっても良い。
人生とは旅同様、目的地に着くこと以上にその道中自体にこそ意味があると考えると、AIを使って最短距離をひたすら走ることに何だか怖さや虚しさがある。
何の話をしていたのか自分でもよくわからなくなってきたが、要するに読書をしようということだ。
今日のキャリアポエム。
キャリポエ。
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