多数決は法律を成立させることはできる。しかし、象徴を成立させることまではできない。四百六十五人の議員の過半数が賛成したからといって、一億人を超える国民の心まで同時に決まるわけではないのである。安倍晋三氏がかつて示した、旧宮家の男系男子を養子に迎え、本人ではなく次世代から継承資格を認める構想は、現在の法案とよく似ている。そこには男系の原則を守りながら、継承可能性を広げるという一貫した思想があった。
思想を持つことは悪くない。
しかし、その構想が安倍氏の政治的遺産として扱われ、後継政権が完成させるべき宿題のようになれば、皇室制度は一人の政治家の物語に組み込まれてしまう。
天皇を守る法律が、政治家の功績を残すための記念碑になってはならない。
なぜなら、いま男系維持派が数の力で制度を決めれば、将来、女性、女系天皇容認派が多数を得たとき、同じ数の力で再び制度を変えることができるからだ。
そのたびに皇室典範が政権交代の戦利品となれば、皇統は続いても、皇室の政治的中立性は少しずつ削られていく。
今日は旧宮家の養子。
明日は女性天皇。
その次は直系長子優先。
制度変更のたびに「どの天皇を望むか」が選挙の争点となり、特定の皇族を支持する運動と、別の皇族を排除する言葉が飛び交う。
それは皇室を国民に近づけることではない。
皇族方を、本人の意思とは無関係な政治闘争の候補者にしてしまうことである。
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