あの夜、クッパを倒したのはマリオだけではなかった。ある病院の病室に、十歳の少年がいた。長い入院で脚は細くなり、明日には大きな手術を控えていた。医者は「大丈夫」と言い、母親も「きっと元気になる」と笑った。だが大人の大丈夫ほど、子どもにとって頼りないものはない。少年は夜になると、枕元にあるSwitchの中にあるスーパーファミコンをつけた。遊んでいたのはスーパーマリオワールド、長い旅の果て、ようやくクッパ城まで来たのである。画面が暗くなり、巨大なピエロに乗ったクッパが現れた。鉄球を落とし、炎を降らせ、メカクッパを投げてくる。
少年の指は治療の影響で思うように動かず、マリオは何度も倒れた。
ゲームオーバーになるたび、少年は小さく呟いた。
「やっぱり僕には無理かな」
それがクッパのことだけではないと、あたしにも分かった。
父親は代わろうとしなかった。ただ、ベッドの横で言った。
「一度に全部勝たなくていい。次の一個だけ避けよう」
少年は再びSwitchを握った。
鉄球を一つ避ける。
メカクッパを一匹つかむ。
クッパへ一回ぶつける。
途中、空からピーチ姫がスーパーキノコを投げてくれた。少年は目を丸くした。
「助けてもらってもいいんだ」
父親は黙って頷いた。
最後のメカクッパが命中すると、巨大なクラウンは大きく揺れ、クッパは夜空の向こうへ消えた。ピーチ姫が救い出され、画面に花火が上がった。
その光を受けながら、少年は泣いた。
勝ったからではない。
怖いままでも、最後まで進めたからである。
翌朝、手術室へ向かう直前、少年は母親へこう言った。
「僕のクッパも、一回ずつ倒してくる」
手術後には長いリハビリが待っていた。昨日できたことが、今日はできない日もあった。それでも少年は、自分の身体を敵とは呼ばなかった。
起き上がる。
一歩だけ歩く。
疲れたら、誰かの手を借りる。
あの夜の戦いと同じであった。
半年後、あたしが、取材の前に病院の中庭で昼寝していると、少年が松葉杖をついて現れた。足取りはまだ頼りなかったが、胸にはマリオの絵が描かれたシャツを着ていた。
少年はあたしの前にしゃがみ、小さな羽根の絵を見せた。
「まだ飛べないけど、前には進めるよ」
あたしは思う。
希望とは、苦しみが消えることではない。
次に降ってくる鉄球を、もう一度だけ避けてみようと思えることである。
あの晩、マリオはピーチ姫を救った。
しかし少年が本当に救い出したのは、病気にさらわれかけていた自分の明日だった。
エンディングとは、冒険の終わりではない。
もう一度、生きる側のコントローラーを握り直す場面なのである。
※特定を防ぐために、内容は大幅に変えてます。あの時の人?って思っても人違いなのでご安心ください。
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