す、すごすぎる...
ようやくあの感情がなんだったのか
わかったので記録しておく。
尊い。
私が「死ぬ前に一度、淡墨桜を見ておこう」と故郷へ帰った日。
桜はただ、そこに在った。
春には観光で賑わうのに、雪に埋もれた桜は誰も見てない。私と桜だけ。
その時感じたものは、ネガティブでもポジティブでもなく、「何かが変わるのでは」と淡い期待のあった私には少し寂しいくらいだった。
でもすごく大きな何かを感じた。
そこから、「これを描こう」と決めることで、
生きるルートに繋がった。
最近、その制作過程を振り返って、
この絵が完成するまでには、そこからさらに数々の新たな出会いと偶然が私に影響を与え、重なっているということ、
ひとつでも欠ければ、この絵は未完のまま
完成する事は無かったということに気づいた。
物質的に「ただ在る」という事は、
遡って辿りきれないほどたくさんの偶然が重なっている。
あの日は"これ"を、1500年間存在し続けた命を前に感じたんだと思う。
数え切れない命や出会い、選択が途切れず繋がって、
今、その形になって目の前にいる。
1500年生きる桜も、
今ここに生きる私たちも同じ。
「ただ在る」は当たり前じゃない。
私たちは尊い。
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