日本国憲法そのものはものすごく大きな断絶なんだよね。
明治憲法
→天皇主権
→臣民
→国家中心
から、
日本国憲法
→国民主権
→基本的人権
→個人の尊重
へ移った。
つまり、法思想は激しく切り替わったのに、それを運用する社会や権力構造の側は完全には切り替わらなかった。
だから戦後日本には、「非常に近代的・民主的な憲法」と、「責任主体を曖昧にしやすい政治文化や組織文化」という奇妙な二重性が残った、と見ることもできる。
「一億総ざんげ」もその典型で、責任を社会全体に拡散すると、意思決定権を持っていた人の特別な責任が見えなくなる。
トップが辞めない。
責任者が入れ替わらない。
組織そのものも継続する。
そうすると、社会は「失敗したので別の仕組みに変える」より、「同じ主体が反省しながら続ける」という方向に進みやすい。
显示更多
単に天皇制が残ったという話だけではなくて、もっと広く、敗戦によって旧体制の正統性が崩れたのに、権力・人脈・責任の構造が十分に断絶しなかった、ということですよね。
普通の責任政治なら、
重大な判断権限を持っていた
↓
結果について責任を負う
↓
その地位を離れる
↓
別の主体に権力が移る
という循環があるのに、日本では、
責任がある
↓
「だから私が立て直す」
↓
引き続き権力を持つ
になっている。
显示更多