この方の仰る通り、加害者の動機を分析することと加害を正当化することは全く異なる作業ですが、これを混同している人が本当に多いように思います
やまゆり園の事件に対して、殺人は絶対的な悪であり許される行為ではありませんが、そういう悲劇を産んでしまった背景 / 植松被告の考えを分析することには非常に意義がありますし、
ただただ目を瞑ってなかったことにする、狂気的な殺人者1人の異常行動であると雑に決めつけるとまた同じような現象が起こりうる可能性があります
私も障がい者家族として思いますが、日本には本当に尊い仕事をされている方々がいますし、しかし彼らが働く上での劣悪な待遇は全然解消されないまま、問題視すらもされないまま、どこか諦めたようにこの10年が過ぎたように思います
障がい者福祉に限らず、エッセンシャルワーカーが自由競争社会で大きく儲けることは非常に難しいという市場の構造があり、だからこそ正当な再分配の声を上げ続ける必要があります
極端な議論に逃げず、何が必要かを忍耐強く考え、声を上げていかなければなりません
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植松事件が起きてしばらくして、別の垢で言ったのよ
「植松のやったことはあり得ない。が、福祉スタッフがおかしくなる状況はある。植松を裁くのとは別に福祉の労働環境を見直すべき」
そしたら、
「植松の主張を聞いたら事件が肯定される」
「そんなこと言って被害者の遺族に配慮しろ」
といわれたよ。まあ、俺の誰かが問題視するだろ。と思ってたら10年間ろくな議論はなく、福祉は人材不足
これだよ
配慮や本質から目を逸らす要因は福祉に溢れている
障害者側が傷つかないことを俺も望んでいる。でも、傷つかないことに憂慮しすぎた結果、深刻な問題に触れず、福祉の人材不足。さらに深刻になれば、
障害者側の人が傷つくことになる
みい山もいろんな懸念点がある。でも、今のままで同じように配慮を続けて、状況は変わるのか?
俺は配慮や懸念も行き過ぎれば、どんどん高度化する支援に福祉職がついていけなくなるぞ。配慮と懸念で抱えてる問題を明らかにせず、福祉職が苦しみ続けてるならそれは人権侵害の一つだろ
障害の人ばかり憂慮されて、一体誰が現場の福祉職の人間を救うんだよ
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