生成AIイラストが話題ですね。
私はデザインを中心に仕事をしてきましたが、受注の3〜4割ほどはイラスト制作です。今回は、イラストを描いて提供する側の視点から考えてみました。
AIが登場する以前から「誰かに似すぎているのでは?」という議論はあります。手描きでもデジタルでも、特定の作家さんの特徴を強く残していれば、同じように指摘されることはありました。
今回も、根本にあるのは同じことなのだと思います。私が気になったのは、AIを利用したかどうかではなく、最終的なアウトプットが特定の作家さんを連想させ、その表現が本人の意思とは関係なく再現・共有されているように見えたことです。そこに違和感を覚えた人が多かったからこそ、大きな反応につながったのではないでしょうか。
もちろん「シンプルな線のイラスト」自体は、誰か一人のものではありません。でも、線の強弱、形の省略、人物の比率、余白、色の置き方など、細かな選択の積み重ねによって、その人らしい表現は作られています。シンプルなものでも、描く側には細かな違いとして見え、見る側にも言葉にしづらい印象の差として伝わることがあります。
私自身、AIは毎日かなり使っています。ただ、アプリケーションやPCと同じように、AIも道具の一つです。最終的に出力されたものを、自分が自信を持って世に出せるか。長くこの仕事をしてきたからこそ、道具に振り回されそうになったときには、一度立ち止まることを意識しています。
何を作り、どう扱い、どう届けるのか。道具が変わっても、そこは作り手が引き受ける部分なんだろうなと、改めて感じました。
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