「誰かのために料理する」ことは、食べる人だけでなく、作る人の心にも小さな恩恵をもたらす可能性があります。
香港理工大学などの研究チームは、香港の成人と大学生、計1549人を対象に4つの研究を実施しました。
研究では、単に食べ物を渡すだけでなく、「相手を喜ばせたり、助けたりすることを主な目的として食事を準備する行為」を“向社会的料理”と定義。専用の評価尺度を作り、幸福感との関係を調べました。
注目すべきは、「料理をよくする人」と「しない人」を一度だけ比較した研究ではないことです。
大学生231人には1週間、一般成人295人には2週間、1日3回スマートフォンで回答してもらい、その時点で誰かのために料理したか、気分や幸福感、自尊感情、活力などを記録しました。
一般成人の調査だけでも9707件の回答が集まっています。
つまり、別々の人を比べるだけでなく、同じ人が「誰かのために料理した時」と「していない時」で、心の状態がどう変化したかを追跡したのです。
その結果、誰かのために料理した場面では、普段の本人と比べて、
・前向きな感情が高い
・主観的な幸福感が高い
・自尊感情や活力が高い
・否定的な感情が低い
という関連が確認されました。
単に料理そのものが好きだからではないかを確かめるため、自分のために料理した頻度を統計的に考慮しても、結果はほぼ変わりませんでした。
さらに興味深いのは、内向的な人ほど、前向きな感情と自尊感情の上昇が大きかったことです。
大勢の集まりや強い刺激を必要とせず、台所という比較的落ち着いた環境で、相手とのつながりを感じられるため、性格に合った「人を支える方法」になりやすい可能性があります。
なぜ料理なのでしょうか。
料理には、相手を思い浮かべる、献立を考える、手を動かす、完成させる、届けるという一連の過程があります。
「自分の行動が誰かの役に立った」という実感に加え、相手とのつながり、達成感、役割意識を得やすい行為です。
お金や物を渡すだけでは得にくい、時間、手間、香り、味、温度を伴った、具体的な思いやりだといえます。
ただし、「料理をすれば長期的にメンタルヘルスが改善する」と証明されたわけではありません。
確認されたのは主に、その場で生じる小さな感情の変化です。効果量も小さく、観察研究のため因果関係は断定できません。
参加者が香港中心であることや、一緒に食べること、会話することの効果を完全には分離できていない点にも注意が必要です。
また、義務として毎日背負わされる料理は、疲労やプレッシャーにもなります。実際、横断調査では、誰かのためによく料理する人ほど、否定的な感情も高いという複雑な結果が一部で見られました。
大切なのは「誰かのために料理しなさい」と押しつけることではなく、本人が無理なく、自分の意思で行うことです。
豪華な献立である必要はありません。
疲れた家族に温かいスープを作る。
友人におにぎりを届ける。
子どもの好物を一品添える。
誰かを満たそうとして動かした手が、結果として自分の心も少し満たす。
料理は栄養を作るだけでなく、日常の中で思いやりを形にできる、身近な「心の行動」なのかもしれません。
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