「関係を、壊したくて壊しているわけじゃない」
人は時々、
同じような関係を繰り返す。
近づきすぎて苦しくなる。
急に怖くなる。
相手を試してしまう。
逃げたくなる。
信じたいのに、
疑ってしまう。
そして関係が揺れるたび、
「また同じことをしてしまった」
と、
自分を責める。
大切な相手ほど、
怖くなる。
失うのが怖くて、
先に離れたくなる。
本当は繋がっていたいのに、
身体が警戒してしまう。
でも最近、
少しずつ分かってきた。
それは、
壊したいからではなかった。
“安全な関係”
を、
身体が知らなかったのだ。
小さい頃から、
安心する前に傷ついてきた人は、
近づくほど、
警戒が強くなる。
本当は大切なのに、
失うのが怖くて、
先に終わらせたくなる。
信じたいのに、
裏切られる準備をしてしまう。
それは、
性格が悪いからではない。
愛が浅いからでもない。
むしろ、
本当は深く求めてきた人ほど、
怖くなることがある。
傷は、
「記憶」だけで残るわけではない。
人との距離感。
愛される時の苦しさ。
助けを求められない感じ。
不安になった時の反応。
そういう、
“生き方”
として残っていく。
だから人は、
安全な関係を知らないまま大人になると、
傷つかないために反応し、
その反応で、
また関係が壊れてしまう。
するとさらに、
「やっぱり私は愛されない」
が強くなる
——-
少しだけ違う体験をした。
怖くなった時。
もう無理かもしれないと思った時。
それでも、
すぐには切り捨てられなかった。
揺れても、
戻ってこれた。
その時、
初めて少し分かった。
回復って、
急に傷が消えることではないのかもしれない。
「今回は、少し違った」
を、
身体が経験していくこと。
怖くても。
弱さを見せても。
関係が全部壊れるわけではないと、
少しずつ知り直していくこと。
だからもし今、
同じように苦しさを繰り返している人がいたら、
「また壊してしまった」
だけで、
自分を責めすぎないで。
壊したいのではなく、
“安全な繋がり方”を、
身体が学び直している途中なのかもしれないから。
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