「人は、自分の文法で愛を探してしまう」
人は無意識に、
自分と同じ愛し方を相手に求める。
だから、
違う愛し方をされると、
愛されていない気がする。
不安になる。
しかし実は、
相手は相手の文法で愛を伝えている。
その文法が読めないこと。
期待した形で欲しいものが返ってこないこと。
それが苦しさになることがある。
でもよく見たら、
相手は別の形で、
ずっと差し出しているのかもしれない。
愛は、
自分が期待した姿で現れるとは限らない。
たとえば相手が、
昔から大切な人にはまめに連絡していた。
困っている人を放っておけなかった。
好きな相手には時間を使っていた。
そんな話を思い出してみてほしい。
その人が今、
自分に何をしているのか。
その時、
今まで見ていた行動の意味が、
少し変わることがある。
言葉で愛を伝える人は、
言葉を求める。
一緒にいることで愛を感じる人は、
時間を求める。
何かをしてあげることで愛を伝える人は、
行動を求める。
人はどうしても、
自分の文法で愛を探してしまう。
だから、
そこにあるものが見えなくなる。
でも、
相手の文法が読めるようになると、
今まで見えなかったものが見えてくることがある。
「なかった」と思っていたものが、
実はずっとそこにあった。
相手は、
自分の文法ではなかっただけで、
ずっと愛を差し出していたのかもしれない。
人を理解するというのは、
相手を自分に合わせることではなく、
相手の文法を知ることなのかもしれない。
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