【引退したねづっちへ最後のインタビュー】
「そうですね、おっしゃる通り僕は確かにあの日整いました。ステージの上で」
—しかし答えなかった。なぜですか?
「答えなかったんじゃありません、答えられなかったんです」
—その答えとはどんなものだったんですか?
……(長考)
—お話しできる範囲で結構です
「台所で皿を洗う母の後ろ姿。サント・シャペル教会のステンドグラス。真夜中の公衆電話。星々の囁き。遠くから聞こえる吹奏楽部の練習音。死臭。チョコレート。鳩の血。祭囃子。曼茶羅。雨の予感。ボイジャーの孤独。8、5、7、3、8、8、6、2。黒い繭。風に踊るビニール袋。無言電話、エントロピー……青い扉……(沈黙)」
—それがあの日の謎かけの答えだと?
「まさか。こんなものは海を説明しろと言われてコップの水を見せた様なものですよ(笑)」
—確かに整いはあった。答えも生まれた。しかしそれを説明する言葉が無かった?
「つまりはそう言う事なんだと思います。
僕自身はもちろんその答えを感覚としては理解できているのですが、それを正確に伝える術がない。おそらくその答えを伝える手段として現在人類の有する“言葉”というツールは適切では無いようにも思います。なんだろう...もっと立体的で直感的な......分からないですね(笑)」
(中略)
—本日はありがとうございました。
「こちらこそありがとうございます。
もう一般人の僕に会うためにこんな山奥まで来てくださって」
私を玄関まで見送ってくれたねづっちさんが去り際に一瞬、芸人だったあの頃のように「ねづっちです」と上着の襟にそっと手を添えたかの様に見えたのは、彼のファンだった私の願望が見せた白昼夢だっただろうか。
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