私の生まれた村では春になると山から小さな獣が降りてきた。
大きさは野兎ほど。ずんぐりした丸い体は翡翠色の被毛に覆われ、そこから短い手足が申し訳程度に生えていて、一見すると大きな毛玉のようだった。
そいつが畑を横切った翌朝には凍土が柔らかくなり、川辺で眠れば氷に亀裂が走り、身体についた雪を払うように身震いすると梅の蕾が開いたので、村の者はただ「春」と呼んでいた。
春。春。春。
祖母の話では昔、春は捕らえるどころか追い払うことさえ禁じられていたという。
納屋へ忍び込んで干した大根の葉を食べても黙って見過ごす。
「春に粟を食わせれば秋になれば太い米になって戻ってくる。小さいけれどありがたい神様みたいなもんだ」と祖母はよく言っていた。
私が十二になった年、父が鉱山の落盤事故で死んだ。
職場から出た見舞金は葬式と借金でほとんどなくなった。
母一人の稼ぎで私と弟を養うのは難しく、夕食の粥は日を追うごとに薄くなっていった。
それでも弟は飯を食い終えるたび「うまかった」と満足そうに笑った。
もう一杯ほしいと言ってはいけないことをまだ六つの子供なりに知っていたのだろう。
二月。
ある朝、納屋で物音がするので戸を開けると、藁の上に春がいた。
干してあった大根の葉を前脚で押さえ夢中で齧っていた。
足元だけ雪が融け、黒い土から小さな草まで芽を出していた。
昔話の中にしかいないと思っていた小さな神様が家にきてくれたことが嬉しくて誇らしくて私は急いで母を呼んだ。
母は春を見るなり私を納屋から追い出し「誰にも言うな」と言って戸を閉めた。
納屋から出てきた母はそのまま「町に行く」と言って出て行き、空が茜色に染まる頃、籠いっぱいに食べ物を詰めて戻ってきた。
母は言わなかったが、春を捕らえて町で売ったのだろう。
私もそれくらい分かる程度には卑屈で大人だった。
その晩、私たちは久しぶりに白い米を食べた。
弟は嬉しそうに飯を頬張り、私も二杯食べた。
それが何より堪えた。
春を売って買った米が、腹の立つほどうまかったのである。
罪悪感で喉を通らないのならまだ救いがあったのかもしれないが、温かい飯が胃へ落ちるたびに、体がもっとよこせと喜んだ。
翌朝、納屋へ行くと春が眠っていた場所だけ雪が融け、その真ん中に黄色い花が一本咲いていた。
私はしばらく眺めたあとその花を踏み潰した。なぜそんなことをしたのかは今でもわからない。
その年は五月近くまで雪が残り、畑に種を蒔いても芽が出なかった。
弟は風邪をこじらせて寝込み、そのまま坂を転げ落ちる様な勢いでやつれていった。
死ぬ二日前、弟は布団の中から窓を見て、
「兄ちゃん、今年は春が遅いね」
と言った。
私は「もうじき来る。その証拠に川向こうのお寺の梅が咲いていた」と嘘をついた。そのころにはお前も起きられるようになると、訊かれてもいないことまでペラペラと話した。
弟はそのまま安心したように眠り。そして死んだ。
私は春が来ない理由を知っていた。
時折あの冬へ戻れたとして、私は母を止められるだろうかと考えるが、どうしてもできないのである。
あの金がなければ弟はもっと早く死んでいただろうし、私もあるいは口減しに捨てられていたかもしれない。
誰が悪かったのだろう。
春を見つけ母に報告した私なのか、春を捕らえて売った母なのか、買った商人なのか、みじめな貧困そのものか。
考えれば考えるほど悪人の顔はぼやけていき、最後には雪の中に春の死体だけが置かれているような気がした。
罪悪感と後悔からか、今でもあの冬の事を思い出し「春を売った金で買った飯など食わぬ」と籠を叩き落とす気高い自分を夢想することがある。
けれど、そんな私の後ろにはいつも腹を空かせた弟がじっと立っている。
だから私は何十年経ってもその先をどうしても考えることができない。
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