大岡は、レイテ島で散った日本軍兵士一人ひとりについて詳しく調べていくうちに、「一番ひどい目に会ったのは、フィリピン人ではないか」という洞察にたどり着く。「大岡は、まさしく、自分がその一員であってよかった「死んだ兵士たち」への哀悼からはじめることで、それがそのままフィリピンの死者への謝罪へとつながる、そういう道でもあることを、ここに、証しだてている」(『敗戦後論』)。この「それがそのまま」をどう読むか、という問題。加藤が言わんとしているのはおそらく、“まず”自国の主体性を回復して、“つぎに”他国の死者に向き合う、という二段階方式ではない。むしろ、我々が直接的にアクセスできるのはさしあたり自国の死者のみなのだが、彼らへの「弔い」を徹底する──つまり、その汚れを汚れとして引き受け、無意味さを無意味さとして確認してゆく──過程のただなかにおいて、他国の死者に対する反省・謝罪がなされざるをえない。裏を返せば、他国の死者に対する謝罪へと至らないような自国の死者への弔いは、加藤の定義にしたがえば、その名に値する(徹底された)弔いではない。
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