「進捗が遅い」と怒鳴られた。
土日も働いた。
それでも残業申請はできなかった。
765時間分を「DMM英会話の自己研鑽」
と処理させられた。
そのパワハラ上司は
本部長に昇格した。
2024年、埼玉県熊谷市。
「ニコン熊谷製作所パワハラ・サービス残業事件」。
ニコン「次世代プロジェクト本部」で製品開発リーダーを務めていたAさん(40代)は、8ヶ月で765時間ものサービス残業を強いられた。上司の指示で勤務時間を過少申告させられ、乖離した時間はすべて「DMM英会話の自己研鑽時間」として処理された。うつ病を発症し、2024年に退職した。
Aさんはどんな状況に置かれていたのか。
普通に見積もると6ヶ月〜1年かかる業務を「3ヶ月でやれ、進捗を報告しろ」と命じられた。土日も開発業務を進めなければ終わらない量を課されながら、勤務時間の申告は36協定内に収めるよう強制された。
本部長・一ノ瀬剛氏について、Aさんはこう語った。
「進捗会議で『できていません』というと、『なんでできてねーんだよ!』とキレ散らかしてきますから、土日もやらざるを得ません」
土日働いた。
申告できなかった。
「自己研鑽」にさせられた。
しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。
2024年2月の1ヶ月だけで、本部内の56人が土日深夜に業務ファイルをアップしていた。最も多かったのは土曜日だった。これらの時間はすべて「自己研鑽」「休憩」として虚偽申告を強いられた。
1人ではなかった。
56人が同じ月に、土日深夜に働いていた。
50代エンジニアのEさんは倫理ホットラインに通報した。
「メンタルが限界に達し、業務中に突然自然と涙が出るようになった。自宅でも出勤前に涙が止まらないことが増えた」
業務軽減を直訴すると、降格を示唆された。実際に年収100万円が下がった。
30代エンジニアのFさんは
「人前で泣かされるくらい詰められていた」。
別の社員には
「お前のやっていることは体制批判だ」
「このことは誰にも言うな」
と口止めされた。
泣いた。
口止めされた。
それでも上司は昇格した。
課長クラスでさえ例外ではなかった。
内T課長は業務週報に
「途中で諸々の限界を超えてうつ病になり、医師からは即刻業務を停止するよう指示をうけ」
と記していた。
その後、課長職から降格となった。
課長もうつ病で降格になった。
🔴 その後の結末
パワハラの元凶と元部下が証言する一ノ瀬剛氏は2023年4月に本部長に昇格。佐藤真路氏も2024年1月に部長に昇格した。次世代プロジェクト本部は2025年に解体されたが、量産・収益化できた事業は一つも生まれなかった。ニコンは3期連続で営業損益が悪化し、史上最悪の赤字に転落した。
部下を壊した上司が昇格した。
新事業は何も生まれなかった。
会社は史上最悪の赤字になった。
765時間のサービス残業を「DMM英会話」にした。
56人が土日深夜に働いていた。
課長もうつ病で降格した。
パワハラ上司は本部長になった。
熊谷労基署は指導した。
会社が認めた未払いは7%だけだった。
そして1999年、同じ工場で23歳が死んでいた。
「昭和の化石企業」と呼ばれたニコンで
人を壊すことが出世の条件だったのか。
あなたは、部下をうつ病にしたパワハラ上司が本部長に昇格し、765時間のサービス残業が「DMM英会話」として処理されたこの職場に、何を思いますか。
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