子どもたちの支えになりたくて
大学院まで進んだ。
臨床心理士の資格を持つ27歳が、子ども・家庭相談員として採用された。
入職してわずか9ヶ月で、重度のうつ病と診断された。
退職し、治療を続けながら別の職場に再就職した。
しかし2015年5月21日、27歳の佳奈さんは死んだ。
労災を申請しようとした両親に、市は言った。
「非常勤だから申請できません」
2015年5月、福岡県北九州市。
「北九州市非常勤職員パワハラ自殺事件」。
森下佳奈さんは大学院で臨床心理士の専門課程を修了後、困難を有する子どもたちの支えになりたいと北九州市戸畑区の家庭児童相談センターに非常勤相談員として就職した(2012年4月)。入職して間もない時期から上司による執拗なパワハラに遭い、2013年1月に重度のうつ病と診断され、同年3月31日に退職した。
その後、同市教育委員会の特別支援教育相談センターに嘱託職員として勤務しながら治療を続けていたものの、2015年5月21日、自死するに至った。
佳奈さんはどんな人だったのか。
大学院まで進み、臨床心理士の資格を取った。子どもたちの力になりたいという思いで公務員の道を選んだ。夢を持ち、真面目に生きた27歳だった。
何が起きたのか。
佳奈さんはパワハラ被害に加えて、新人が対応するには難しい相談者を任された。助けを必要としていながら上司に相談できず、むしろ追い込まれるようなことを言われてますます追い詰められた。
非正規の立場で、上司の評価が低いと契約を更新してもらえないのではないか、生活できなくなるのではないかといった不安も大きかった。
相談できなかった。
相談すれば契約を切られる恐怖があった。
入職9ヶ月で重度のうつ病になった。
退職した。治療しながら別の職場で働いた。
それでも死んだ。
しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。
両親が2016年8月、公務災害の遺族補償手続きを市に問い合わせたところ、「本人や遺族による請求は認められていない」と回答された。
市の条例は非常勤職員本人や遺族による公務災害の認定請求について規定しておらず、申請そのものを門前払いした。
娘がパワハラで死んだ。
市の答えは「申請できません」だった。
「上司にしてみればパワハラなどがあっても、問題化する前に契約を切ればいい。このため管理職にも、非正規を含めた職場全体をマネジメントしようという意識が働かない」と専門家は指摘した。
問題が起きる前に契約を切ればいい。
非常勤という立場が沈黙を強いた。
🔴 判決
両親は市に約160万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴した。2019年4月19日、福岡地裁は請求を棄却。「当時の条例に違法性はなく、市の職員の対応も誤りはない」とした。
控訴審でも2019年12月23日、福岡高裁は一審判決を支持し、遺族の訴えを退けた。
一審も負けた。
高裁も負けた。
パワハラは認定されなかった。
労災申請すらできなかった。
裁判でも認められなかった。
子どもたちの支えになりたかった27歳が、パワハラを受けた末に重度のうつ病になり死んだ。
市は「申請できません」と言った。
裁判所は「条例に違法性はない」と言った。
非常勤だから申請できない。
非常勤だから守られない。
遺族は申請すらできなかった。
この国の「非常勤」という言葉は、命の重さを変えるのか。
あなたは、パワハラで死んだ非常勤職員の遺族が労災申請すら門前払いされ、裁判でも全敗したこの事件に、何を思いますか。
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