村上春樹『夏帆』読んだ。異様な小説だと思った。
話の筋は多くの人が語っているからおいておいて、第二章以降、執拗に「説明」が繰り返されることが、かなり気になった。何なんだ?と思った。
例えばこんな箇所(ネタバレにならないように)。
【しかしそれが純然たる現実とは思えなかった。(略)なぜブラジルのジャングルの論理が、この東京に持ち込まれなくてはならないのか?】p.55
語り手が、これまでの流れを内省のかたちをとって一旦まとめてみる「説明」は、長編小説にわりと多い。読者もそこで同時にこれまでの流れを整理できるし、ほんとうはなくてもいいのだが、書かれがちだ。
しかし「説明」が多いと、もったりして、小説の速度が遅くなる。
これまでの春樹の長編でもこうした「説明」の段落は普通にあった。だが、『夏帆』ではこの振り返る「説明」が頻発しすぎだと思った。
特に手元にある人は見てほしいのだがp.313の後半とp.314の前半の2段落なんて、ほとんど同じ説明が二回続いていて、びっくりする。どういうことだ!
前にはここまで「説明」なかったよね? 個人的には、今回村上さんは病気もされたし、書きながら一歩一歩地面を踏み固めるように「説明」を重ねることで安心したかったのかな、なんて思う。こういう段落があると、書き手としては、安心できるから、小説が安定するから(その分、重くなる)
とにかく、この「説明」の多さは、何なんだろう、と僕は思った。あるいはね。
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