さらに突っ込んで言うね。
この10年、痛烈に感じたことがある。日本映画と資本市場の分断だ。その間、投資をして自己資本で映画を作り続けてきて、何度も感じた。
日本の製作委員会方式は、悪い発明ではなかった。一社が全額を背負えば、一本失敗しただけで会社が傾く。だから複数社でリスクを分け合う。これは本来、極めて合理的な仕組みだった。
ただ、その背景には、日本の文化と金融が長く別々の部屋に閉じ込められてきた現実があって、投資家が映画へ資本を投じる回路を、日本社会は育ててこなかった。製作委員会は、その断絶を埋めるために生まれ、本物の資本市場の代用品になった。
幹事会社は、それぞれに立ち上げた理由と背景がある。ぼく自身も、この仕組みの中で6本ほど監督をさせてもらった。でも、本来なら市場から集まるはずのリスクマネーを、結果として業界の内部だけで循環させる閉じた仕組みになっていく。努力如何に関わらず、外から大きな資本が流れ込まない。
その下には、日本経済そのものの長い停滞が横たわっていたというのは簡単だ。バブル崩壊以降、日本は「増やす経済」から「減らさない経済」へと舵を切った。社会全体が守りに入り、リスクを引き受ける力を少しずつ失っていった。 これは肌身で感じる。その結果、製作委員会は「攻めのためのリスク分散」から、「損失を避けるための保険」へと性格を変えていく。
分け合うことは続く。
やがて、誰も踏み込めなくなる。
リスクを負う筋肉そのものが、個人ではなく、社会から萎えていったのだ。
ここで重要なのは、それを個人の意識の問題にしてはいけないということだ。「もっと挑戦しよう」「覚悟を持とう」という話にしてしまえば、最後は精神論になる。
構造の問題だと捉えれば、「回路を作り直そう」という設計の議論になる。
もちろん、「一人ひとりが行動すること」は正しい。
しかし、それを個人だけに委ねた瞬間、社会は精神論へ逃げる。
つまり、問われているのは、行動ではない。
行動を支える構造です。
先人たちは、それを実際にやってきた。
カサヴェテスは、自らの資金で『フェイシズ』や『こわれゆく女』を制作した。
スコセッシは、フィルム・ファウンデーションを立ち上げ、企業や財団が保存活動へ参加できる仕組みを設計し、900本を超える映画の修復を支えてきた。
メカスは、マンハッタンに実験映画作家のためのアーカイブを築き、その作品を未来へ渡す回路を作った。
これは、国に頼らないということではない。
国だけに頼らない構造を作るということです。
映画は作品だけでは残らない。
作品を支える回路まで設計して、初めて文化は未来へ届く。
大袈裟ではなく、小さくても構造は作れるよ。これらは全て、関わらせていただいた方々とのタッグの中で、自然と教えていただいたことだ。感謝しています。
スコセッシの話
「善意で寄付」ではなく、出す側に動機がある設計ー
メカスの話
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