本当にそう。災害時、行政は避難所に対して、物資を運ぶ以外は何もやれないと思ったほうがいい。避難所の運営は町内会などの地縁団体がするしかない。私は記者で中越地震、国会議員で東日本大震災の被災地に早い時期に入ったが、実は田舎の公民館のような、小さい避難所ほどキチンとやれている。ところが、
「◯◯市総合体育館」みたい何百人も収容されているでっかい避難所の多くは、なんともいえない弛緩した雰囲気が漂っている。残念ながら、配膳すら手伝わずに毛布に寝っ転がって「飯がマズい」とか愚痴っているだけの避難者も、正直多い。
私は当初、「合併された村の山間の地区公民館みたいな避難所は、行政の目もマスコミの目も届かず、孤立して過酷な状況になっているんじゃないか」と思っていたのだが、実態は正反対だった。そういうところは、むしろ活気があるし、スムーズに運営されている。
元気なのに昼間っから寝っ転がっている、みたいな人はまず見かけない。避難者全員に何らかの役割が割り振られ、忙しく動き回っている。炊き出しもボランティアに頼らず自分たちでどんどんやる。そもそもボランティアも大きい避難所に集中しがちではあるのだが。
ものが足りなければ、だれかが、どこかから調達してくる。一人暮らしのお年寄りの家で家具が散乱していれば、手の空いた若い衆(といっても60代くらいだったりするが)が手伝う。助け合いみたいなことが自然に機能しているわけである。
行政的な発想では「大きい避難所にたくさん避難車を集めて集中的に管理するほうが効率的」と考えがちなのだが、それが間違っていることに気付かされた。互いの顔が見えるコミュニティくらいの範囲でやったほうが、被災者のメンタルを考えてもベターだと考えるようになった。
顯示更多