自分が海外で接触して一番衝撃を受けたのはラテン系らなのだよな。
イタリア、スペイン、フランス、ブラジル、コロンビア、アルゼンチン、キューバなんかね
今を生きるからね。だから約束しても気分が乗らないと来ない。
相手をシンパティカ、感じがいいかどうかで判断する。礼儀がいいとか金とかじゃない。もっと本質的なもの。
今を楽しむ。宵越しの金は持たない。特にブラジルは男女関係もゆるい。悲壮感がない。
好きなことをいう。他人が何を思うかではない。自分には正直。論理性もない。整合性もない。
今感じたことは何か。
発言が芸術的な人が多く、はっとさせれる。
ポリコレや倫理がなんたらは関係ない。
あれは極めて表層的で真意を隠す禁欲主義だが実は極悪というアングロサクソン的なものだから、ラテン系とは逆だ。
最初はびっくりしたし、仕事が全然進まないし、あまりにも気まぐれでわがままだから疲れた。
でも自分も同じようにしたらうまくいった。そして割と楽しかった。
気楽でいい。嫌なら行かない。疲れたから帰る。嫌いな人には挨拶すらしない。お愛想はない。本音が炸裂していた。面白いなと感じた。びっくりするようなジョークをいう。
綺麗な女、カッコいい男がいたらすぐ近寄って行って、あなたは素敵という。不細工がいたらあれは酷い顔だという。
皆同じような感覚だからラテン系の人らは他人が遅刻してもだからなんだと怒らない。皆同じだから。
しかも世の中は電車が遅れたり、来る途中に綺麗な女がいたり、うまそうなパンがあったり予測がつかない。それは人間の制御の先にあり神が決める。だから遅刻する原因も自分の責任ではない。
周りの人がポツポツ亡くなり始め、しかし人間の人生は短いからラテン系の生き方は極めて正直で正しいものではないかと思うようになった。
人生の時間は限られてるから楽しんだほうがいい。
物や金は持っていけない。
そして皆大体80年ぐらいしか生きることができない。意外と短い。あっという間。
お愛想ばかりで本音を言わないことほど苦しいことはない。
それは自分に嘘をつくこと。
自分は20歳ぐらいの頃からラテン系とも親しくしてきたから、ついその感覚で話したり投稿してしまう。
それは日本ではいけないことだという感覚も薄れてるからよく炎上する。
しかし別にわざとやってるわけではない。
一応何が悪いとか、これは控えめにとかは少し学んだ。
でも悪いのは怒る方だと思っている。
なぜ人の意見に合わせねばならない?
それで金は儲かっても気分は悪い。
気分は大事だ。だから私は今日も早く起きないし好きな時間に食べる。一応日本人ぽい部分もあるから締め切りは守る。
だがやはりラテン系の影響があるから、嫌いな会議では一番前の席に座っても寝るし、バカっぽい提案はダメだというし、割と好きなことを本に書いてこれは面白いと一人で受けている。面白いのはいい。
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