「スクラムにおける主体性の役割:自分たちで決められない『自己管理』は偽りである」
「自分たちで考えて自律的に動いてほしい」と言いながら、担当も進め方も外から決めていないか。成果への責任を求めるなら、その成果に向けて判断し、行動できる余地も必要になる。自己管理を、チームの心構えだけで終わらせないための話だった。
Martin Hinshelwoodによる、スクラムとAgencyについての記事。ここでいうAgencyは、意欲や積極性だけでなく、責任を持つ成果に向けて意思決定し、行動できる力を指す。
以下、詳細です。
・責任を持つには、結果に働きかけられる必要がある
筆者は、判断する権限を取り上げたまま責任だけ残すと、責任が失敗を押しつける仕組みになると指摘します。何を担うかと、そのために何を決められるかは、セットで考える必要があります。
・イベントを開いても、自己管理にはならない
上からスプリントゴールを指定し、マネージャーが個人に仕事を割り振る。こうした状態にデイリースクラムを加えても、チームが自ら仕事を進めているとは言えない、と論じています。
・変えられないなら、振り返りも形骸化する
改善点を見つけても、チームに変更する力がなければ次につながりません。筆者は、自己管理を成立させる条件が欠けることで、イベントが報告や儀式へ変わってしまうと捉えています。
・スクラムマスターも、進行役だけでは足りない
会議の設定や議事録にとどまらず、チームとリーダーに自己管理を伝え、組織の障害に働きかけることを求めています。組織の抵抗でそれができないなら、その制約自体を明らかにすべきだという主張です。
この記事から考えたいのは、「もっと主体的に」という言葉を使う前に、相手が実際に何を決められる状態なのかを確認することです。提案することは許されても、毎回判断を覆されるなら、自分で考えて動く意味を見いだしにくくなりそうです。
たとえば、次の振り返りで出た改善案について、チームだけで試せるものと、外部の判断が必要なものを分けてみる。そこで見える制約を話し合う方が、「自己管理できているか」という抽象的な議論より、具体的な変化につながるのではないかと感じました。
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