最近考えていること。
最近、教員が自作した授業・校務用のアプリが増えていると感じています。
私自身も、英作文支援アプリ「DraftIA」を作成し、公開しています。教師が課題を設定し、生徒が書いた英文やAIからのコメントを授業で確認・共有するためのアプリです。
教員がアプリを作る理由ははっきりしています。学校現場には、大規模なサービスでは拾い切れないちょっとした不便さがあります。授業を進めやすくしたい、提出物を整理したい、教材に合った練習環境がほしい。こうした課題は、現場にいるからこそ見えてきます。
しかも、その多くは収益を上げられるようなものではなく、企業には開発しにくい分野です。しかし、現場にとっては切実です。だからこそ、教員は「ないなら作ろう」と考えます。
実際、教員が作ったアプリの中には、とても実用的なものがたくさんあります。現場の困りごとを知っているからこその細やかな工夫があり、この流れ自体は前向きなものだと思っています。
一方で、「この情報を入力しても大丈夫だろうか」と迷うアプリもあります。氏名や出席番号、学習履歴、音声データなどを扱うものもあるためです。
「ブラウザ内だけで処理します」「外部には送信しません」という説明は安心材料になりますが、一般の利用者が実際の動作を確認するのは簡単ではありません。通信先やAPIの利用状況が分からなければ、最終的には作成者の説明を信じるしかありません。
もちろん、多くの作成者は善意でアプリを作っています。ただ、安心や安全を善意だけに頼るのではなく、利用する側も納得できる形で示せる仕組みがあれば、もっと安心して使ってもらえると思います。
一方で、個人で公開するアプリに企業と同じ水準の監査を求めるのも現実的ではありません。大切なのは、「安全か危険か」と単純に分けることではなく、扱うデータ、使用するAPIや通信先、ソースコード、第三者レビューなど、何がどこまで確認されているのかを示すことだと思います。
ここで言いたいのは、教員が作ったアプリを危険視し、利用をやめるべきだということではありません。現場の工夫としての価値を認めたうえで、作る側も使う側も、今より安心できる環境があればと考えています。
そして、安全性とは別に、アプリの改善についても考えています。
現在は、それぞれの教員が別々に開発しているため、似た機能が何度も一から作られる、小さな「車輪の再発明」が起きています。
多様なアプリが生まれることは大切です。しかし、使いやすい画面設計、生徒が迷わない操作方法、データの扱い方、APIの選び方など、共有できる知見もたくさんあります。
入力処理や表示機能などを「部品」として再利用できれば、毎回ゼロから作る必要もありません。他のアプリのよい部分を取り入れたり、利用者が改善案を伝えたりすることで、個人が作ったアプリ同士が少しずつ良くなっていくはずです。
こうした知見や改善案が、個人の中やSNS上の投稿だけで消えてしまうのは、もったいないと感じています。
「そこで、この問題を解決するために…」とめっちゃ何かをリリースするような文章ですが、今回はそうではありません。今は本当にまだ考えているだけです。笑
少しずつ形にしてみようかなと思っています。
長文を読んでいただき、ありがとうございました。
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