もちろん、発達障害や知的障害のある人が夜職で働いていることはあります。それ自体を否定するつもりはありません。
でも、私が気になるのは、その先です。
その人は、なぜ夜職を選んだのでしょうか。
経済的な事情だったのかもしれない。
家庭環境だったのかもしれない。
人間関係だったのかもしれない。
他の仕事ではうまく働けなかったのかもしれない。
あるいは、自分で納得してその仕事を選んだのかもしれない。
そこには、一人ひとり違う人生があり、一人ひとり違う思いや経験があったはずです。
ところが、「発達障害や知的障害のある人が夜職にいる」という事実だけを切り取ると、その複雑な人生が見えなくなってしまいます。
私は、それが怖いのです。
「こういう人はいるよね」という言葉は、一見すると現実を見ているようでいて、その人を「こういう人」という属性へと還元してしまう危うさがあります。
夜職で働く発達障害や知的障害のある人は、「発達障害者」や「知的障害者」という記号ではありません。
一人ひとりが、それぞれ違う人生を歩んできた、一人の人間です。
私は、その「○○さん」という個人が見えなくなってしまう表現には、とても慎重でありたいと思っています。
だから私が問題にしているのは、「そんな人はいない」ということではありません。
「その人は本当に、一人の人間として描かれているのだろうか。」
そこを問い直したいのです。
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