これをいうと身バレするかもだけど、ちょっと業界の人間としては書きたいので書きます。今回の無期限静養という言葉は、ただ休ませるというより、世間の温度を測るための時間です。期限を切ると、復帰日がまたニュースになる。だから、あえて出口をぼかしたんです。世の中を甘く見ちゃいけない。炎上っていうのは火じゃないの。怨念。本人が悪い悪くないだけじゃなくて、見ている人たちの不満が一気に乗っかる。こういう時は、下手に動いたらどんなに擁護があっても終わる。だから、黙って身を引くのも処世術になる。
テレビって残酷でね。昨日まで笑ってた人間を、今日から急に腫れ物みたいに扱う。スポンサーが怖い、局が怖い、SNSが怖い。結局、誰も責任取りたくないから静養って言葉に逃げ込むわけ。
降板だと切り捨てた印象になる。謹慎だと罪を認めたように見える。休養だと軽く聞こえる。だから無期限の静養は柔らかいけれど、実質的には距離を置く言葉です。
言葉を選んでるつもりでも、運命はごまかせないのよ。人間はね、人気がある時ほど足元を見ない。周りも持ち上げる。だけど一度転ぶと、今度は誰も手を差し伸べない。だから普段の生き方が出る。
芸能界ってさ、復帰できるかどうかは謝罪のうまさじゃないんだよ。「また見たい」と思われるかどうかなんだよね。
嫌われたというより、疲れられたらキツい。
視聴者に「もういいよ」って思われたら、復帰の椅子がなくなる。だからその前に無期限にした。
世論、スポンサー、本人の状態、番組側のリスク。その全部が整わない限り、この業界は戻せない。逆に言えば、どれか一つでも整えばいいわけではないんです。
今は動く時じゃないね。正論やもっともらしい主張を重ねるより、沈黙して、自分の徳を積み直す時期。表に出ることばかり考えていたら、また同じことを繰り返す。
でもまあ、静養は人生終わりってわけじゃない。
テレビに戻れなくても、別の場所でやれることはある。ただ、昔みたいに時間が経てば忘れる時代じゃない。ネットは忘れないからね。だから復帰より先に、本人が変わったと思わせられるかだな。
結論としては、無期限静養は処分というより、危機管理上の保留です。誰も次の一手を断言できないから、時間に預けた。
時間は薬にもなるけど、毒にもなるよ。結局、静養って言葉の中に、業界の怖さが全部入ってるんだよな。
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