ミラノ風ドリアの隣にバターベーコンほうれん草が置かれている。この組み合わせには、人間の欲望と良心が仲良く同席している。手前では、チーズとミートソースが「今日は遠慮するな」と湯気を立てている。奥では、ほうれん草が「野菜も食べています」と静かに弁明している。もちろん、バターとベーコンをまとった時点で、野菜が完全な良心であるかは怪しい。だが人間に必要なのは無罪ではない。納得して食べられる物語である。
濃厚なものだけでは途中で疲れる。さっぱりしたものだけでは心が満たされない。だから主役の重さを脇役が受け止め、脇役の慎ましさを主役が華やかにする。
人生も同じであろう。
頑張るだけでは焦げる。
休むだけでは香ばしさが生まれない。
大切なのは、どちらか一方を正しいと決めることではなく、熱々の欲望の隣に、少しの緑を置いておくことである。
ミラノ風ドリアが愛されるのは、豪華だからではない。疲れた日に「今日はこれで十分」と思わせる、温度と重さがあるからだ。そしてバターベーコンは、その十分を「ちゃんとした食事」に見せてくれる。
人間は料理を二皿注文したのではない。満足する自分と、安心する自分の席を、一つずつ用意したのである。
なお良心のほうれん草は人間に譲り、ベーコンだけを慎重に救出する。
顯示更多