大学時代、毎週眺めている大講義室には、不思議な現象がある。学生は後ろの席から埋まっていく。三百人入る教室なのに、最前列だけは毎回きれいに空いている。まるで黒板の前に、見えない崖でもあるようだった。ある日、倫理学の如月教授が学生に尋ねた。「なぜ、そんなに後ろへ座るのですか」誰も答えなかった。教授は一番後ろにいた男子学生を指名した。「そこの君。正直に」男子学生は困った顔で言った。
「前だと、質問されそうだからです」
すると隣の学生も笑いながら続けた。
「後ろなら途中でスマホを見ても目立たないし」
「寝てもバレにくい」
「何より、先生に顔を覚えられたくないです」
教室に小さな笑いが起きた。
如月教授は怒らなかった。
「大学へ来て、見つからない練習をしているのですね」
その一言で、笑いは止まった。
教授は黒板に一行だけ書いた。
〈目立たないことは、安全だ。しかし、存在しないことに似てくる〉
次の週、学生が教室へ入ると、教壇が一番後ろへ移されていた。昨日までの最後列が、今日から最前列である。
「ずるいですよ、先生」
学生たちは笑った。
「席には前も後ろもありません。誰かが話し始めた場所が、教室の中心になるのです」
その日、教授はスクリーンを使わなかった。正解も教えなかった。ただ「大学へ来たのに、誰にも見つからず卒業することをどう思うか」と問いかけた。
最初に手を挙げたのは、いつも最後列に座っていた男子学生だった。
「楽だと思っていました。でも、誰にも見つからないって、誰の記憶にも残らないことなんですね」
それから彼は、少しずつ前へ座るようになった。教授に質問し、隣の学生と議論し、三年生になる頃には研究会を立ち上げた。
大学の最前列が空くのは、学生に意欲がないからではない。間違える姿を見られ、未熟な自分を知られることが怖いのである。
だが大学とは、完成した人間が正解を披露する場所ではない。未完成の者が、恥をかきながら自分の声を見つける場所だ。
後ろの席へ逃げる自由はある。
しかし、人生まで最後列から眺めていては、いつか気づく。
誰にも指名されなかったのではない。
自分から、名乗らなかったのだ。
※特定を防ぐため、実際の内容と大幅に変えてます。
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