ある動物園にある取材でいくことになった。客のふりをして園内へ入る。雨の日、取材対象の家族である一人の少年が母親とナマケモノの檻の前に座っていた。少年は半年ほど学校へ行っていなかった。母親は何度も時計を見た。「そろそろ次へ行こう。せっかく来たんだから、ほかの動物も見ないと」少年は動かなかった。ナマケモノは一本の枝をつかみ、長い時間をかけて片方の腕を移動させていた。その遅さは、止まっているようにも見えた。母親はため息をついたが、やがて時計を鞄へしまった。
二人は何も話さず、一時間近く並んで座っていた。
ようやく少年が口を開いた。
「あれ、怠けてるんじゃないね」
「そうだね」
「落ちないように、ゆっくり動いてるんだね」
母親は返事をしようとして、できなかった。
少年が学校へ行けなくなってから、母親は「早く元へ戻さなければ」とばかり考えていた。立ち止まる息子の腕を、正しい未来へ引っ張ろうとしていた。
しかし少年は怠けていたのではない。落ちないために、必死で枝を握っていたのである。
帰り道、母親は尋ねなかった。
「明日は学校へ行けそう?」
この言葉の代わりに、こう言った。
「また来ようか」
少年は小さくうなずいた。
雨上がりの道を、二人は同じ歩幅で帰っていった。あたしはその後ろ姿を見送りながら思った。
前へ進むことだけが、生きることではない。枝を離さず、今日を落ちなかったことも、立派な一歩なのだと、、、
※特定されないように内容を大幅に変えてます。あの時の人?って思っても、それは気のせいなのでご安心ください。
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