寂しい時は、パリにいるとでも思って
わたなべまさこ
本名・渡邊雅子
(1929―2026)
東京に生まれた。
少女のころ、振袖と赤い草履をねだって買ってもらった。うれしくて、抱いたまま眠った。
女学校時代に終戦を迎えた。
「戦争が終わったの? じゃあスカートをはいていいのね」
そう口にして、母に怒られた。
十九歳で結婚した。妊娠中、手塚治虫の漫画に衝撃を受け、自分も描き始めた。二十三歳で漫画家になった。
母と娘。姉と妹。美しい少女たちの愛憎を描いた。
私が怖かったのは、『聖ロザリンド』だった。
天使のように愛らしい八歳の少女が、ためらいもなく人を殺す。怖いのに、ページをめくる手を止められなかった。
人はなぜ、人を殺すのか。死んだ体には、何が残るのか。
私が法医学に興味をもったのは、もしかすると、あの漫画が始まりだったのかも。
少女漫画がきれいな夢を見せていた時代に、わたなべまさこは、その夢の中へ人間の悪意まで連れてきた。
漫画家生活は、七十年以上に及んだ。
夫は陶芸家の渡辺六郎だった。二〇一二年、先に旅立った。
十月三日午前零時三十八分、わたなべまさこは眠るように亡くなった。九十七歳。
十日後、公式Xが訃報とともに、本人から預かっていた手紙を公開した。
「まんがと生きて」、あっという間の人生だった。
けれど胸の中には、いくつもの思い出が宝物のように輝いている。向こうには大切な人たちが待っている。主人とも、久しぶりに会えると思う。
そう書かれていた。
以前訪れたパリの写真は、ずっとデスクに置いてあった。
「寂しい時は、私はパリにいるとでも思ってくださいね。またねー」
戦争が終わった日に、真っ先にスカートのことを聞いた少女は、人の心に潜む美しさも怖さも描き続けた。
そして九十七歳で、別れの言葉に「またねー」と残した。
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