1話目〜7話まで。
改稿済み再投稿。
ジャーニーwithゴースト
和田村陽乃、わたしは幽霊なんです。
渡部櫛木、クッシーは大切な憑き人というか、ぬか床の器というか、まあそんな僕の大事なアレなんです。
いま田舎の温泉にきています。
広くてゴツくて猿がでそうな岩風呂のある露天の前です。
でもこのお風呂、熱そうなんですよね。
僕入れません。
さて今カメラで写真撮るとこなんですけど。
風呂場に人がいて撮れないんですよね。
と、噂をすれば早速。
クッシーが現場(風呂場)から出てきました。
カメラは任せたって後ろ手にサムズアップしてます。
どうやら一般客はいなくなったようです。じゃ幽霊らしく上空のあり得ない箇所から撮ってきます。
はい。旅館の程よい高さからの上空写真です。
これドローンでも使わなきゃ無理なこれ、今結構人気ありまして、今複数の個人さんや旅館さんからオファーきてるんですよね。今回は遠間からの絶景な露天風呂ショット。
さてさて今回の稼ぎはあと数日の延泊料金無料です。
お金もすこーし入ります。
なんたって謎な仕事なんで信用もへったくれもありません。いきなりおたくの旅館の上空写真を美しく撮ってあげるから泊めてくれとか、正気じゃないと思う。
交渉役はクッシーでした。夜中の11時くらいだったと思います。フクロウがいそうな鬱蒼とした木々の中に立つ旅館。
そこのフロントで不審者相手に目を泳がせる仲居さん。呼ばれて飛び出て少し冷ややかなお顔のおかみさん。クッシー自分が(嘘だけど)撮った少し不思議な写真集を見せてコウコウ言うものを撮りますよ、絶対客寄せになりますよと必死に説得するもなんかやっぱり不審者で。
だって会話下手だし、見た目仕事してないし。
クッシー自体カメラ下手だし、でも食い扶持なくなるんで必死でした。
でも結果は合格です。年齢的に親の事情とかありそうで同情されたかもしれません。良い時代です。
あっでも撮るのは全部僕ですよ。
幽霊ひまなし。
あ、またクッシー休憩所で寝てる。
子供かよ。
僕ちょっとお説教してきますね。じゃあまた。
────
────────
季節は夏。6月半ばくらいだ。しかし異常気象という時世柄か、今日も昨日も急にそんな暑くない。涼しいくらいだ。
俺、クッシー(いつのまにかついたあだ名)は和室の広縁に行って窓を開けた。
「あー涼しい。煙草吸いてー」
18の身空で馬鹿な事を呟いて、あたまに何か飛んできた。
「それは僕にも迷惑なんでやめて」
拾いあげる。笹団子がキラキラ光ってるキーホルダーだった。昨日の夜、土産屋さんでせがまれて買った謎なやつだ。
返事の前に伸びをして振り返るとそこには、
「どうしたの? じっと見つめて?」
いない。でもいる。薄らと少女の形をしている。モヤのような彼女。モヤなのに見える、人の輪郭、色調。
「いや、なんか病気、早く治りたいなってさ」
「え。病気?」
突っ込まずにとさりと座卓前の座布団に腰掛ける。冷めたお茶を手に、
「なんかさ、幽霊って他にどんなやついるのかな? いまさらのように」
俺を見返してくるモヤ。
「え、え?」
和田村陽乃(モヤ)が動揺している。モヤだが、唇、目、鼻が、ちゃんと動き、性別がわかる。でもなんか薄い。あちこち薄い。コントラストが低い。
「えーとね、最近だといまいるとこにお爺さんが1人いるよ。一階の廊下でいつもウロウロして、なんか探してるふう。それがなに?」
ないタバコを吸うふりをしてフーッと大袈裟に息を吐く。
「いや、聞きたくなかったわ」
俺が目頭を摘むと、すかさずモヤが横に来て頬を割り箸でツンツンしてきた。浮く割り箸。明るい日がさす部屋に似つかわしくない光景。
俺は特に意味もなくバタンと倒れた。いぐさの香りに鼻腔が包まれた。
いきなりモヤが喋る。モヤじゃない。陽乃だ。
「あのさ、ゆっくりするのはいいよ。私もそうしてるし。でもさクッシーは今日何したよ。風呂場の人の出入り確認しただけじゃん。ずっと夕方まで寝ててスマホいじって、風呂行って極楽で。出てきて合図しただけじゃん」
そうだ。湯上がりしたばかりで、部屋が少し暑い。クーラーだリモコンだ。
「ポチッと」
「まあさ依頼一件で、いい依頼だとただで長期で泊めてくれたりするからね。うん、あそうだね。依頼メールとか宿の人とのやり取りはしてたね」
真面目な顔で、考える人になった陽乃は、カメラマン歴は新米だ。
カメラマンというか子供の使いというか。
「説教まだおわんねー?」
「もうちょっと言わせて」
俺はため息を象みたく吐きながら、目を瞑った。
まだ全てが手探り状態で俺たちの旅は続いている。
陽乃が突然現れたあの日。
あれからどれくらいか。
俺たちは今、旅をしている。
そこに座すは誰と心得るか!
他ならぬ、神の御前であるぞ!
ひかえおろう! ひかえおろう!
乳白色の世界に浮かぶ、昔よくみた子供達の世界。
これは確か学芸会かなんかでやった演劇だ。
点々としかいない観客席に向けて、舞台上で熱心に演ずる小さな役者達。
そこには当然悪意がない。
真剣に演技と向き合う子供達と微笑ましくみつめる大人達だけ。
確かにここにはそれが無い。
でも俺はいつも違う世界が。
「あ、寝てた」
目が覚めてすぐ、辺りが仄かにオレンジ色の光に包まれていた。
朝焼けだ。朝一番乗りだ。
起き上がる。
畳一畳挟んで陽乃が寝ていた。
ぼうっとしたままぐるりと視線を一周する。
額縁の飾られた和室の壁。襖が開けっぱなしになった出入り口付近にはスナック菓子の空袋が捨て置かれている。10畳程の居間の縁側はバッグやらコンビニ袋やら買い溜めした飲食物が雑に積まれている。
向かい合わせに二つ木造りのチェアの向こうは掃き出し窓が海を見せている。
海の反対側、入り口は林。
宿は小さな山の中腹に位置する。
夕焼けのような朝の日差しが部屋中を暖かく染め上げる。
窓を開けてもいいけど、外側に何匹か虫が張り付いていた。
こんな時間に、入り込んだ虫で陽乃に悲鳴を上げられても困るので、とりあえず俺は窓を開ける代わりにカーテンを閉めた。
再びカムバックした薄暗闇のなか、携帯を取り出してメールを開く。
依頼があった。
今受けている小さな雑誌は緩い感じで、基本的に何を書いてもどの写真を使ってもOKが出る。
だからとりあえずなんでもいいから何かを書く。
あとは陽乃が起きてきたら改稿は彼女に任せればいい。
死んでるけど、そういうのは得意だ。
「ん、ねむい。暗い。僕の、僕のまくらあ?」
寝返りを打ちながら移動する陽乃。
「あ、陽乃起きたん。あと1時間くらい」
何が?という顔をしていた。
「朝食。部屋食は夕飯だけこの宿。オーケー?」
目を擦りながら、頷く陽乃。
そして再びまた布団に潜る。
特にリアクションも思い付かず、俺はまたメールに取り掛かる。
メールは寄稿文の下書きだった。
毎回いい意味で目立ちそうな題と現地紹介を書いて後で纏めてPDFにして送るのだ。
勿論だけど俺に才能はない。
だから陽乃に手伝ってもらって一緒にやる。仕上げは彼女だ。
カメラマンの仕事もやってる陽乃だけど、文章といえば女子だ。
しかし給料は全て俺に振り込まれる。
だからせめて叩き台を考えるのが俺の役目だ。
叩き台、業務連絡系、依頼探し、料金交渉。全部ちゃんと納得がいくまでする。
いま俺は18。18なら高校か大学に居るのが普通だ。
俺はまだ高校を卒業していない。
留学して以降ずっと欠席扱いになっている。
『よくノコノコやって来れるよな。おまえのせいで○○さんは死んだんだ。消えろよ』
『ああそうだ。みんなお前のせいだ。消えろ消えろよ。お前最低だよ』
『消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ』
ぼやけた世界に昔の──。
「っやべ」
間違えて雑念をそのまま文字にしていた。慌てて訂正する。まあメールはあくまで何かあった際の自動下書き保存機能目当てに使ってるだけで、誰かに送るわけじゃないけど。
俺は気分を払拭するように布団から立ち上がる。折角の朝焼けが無惨にもカーテンで隠れた部屋の中、ヨタヨタ歩く。適当なバスタオルを掴んだ。
そのまま部屋を出る。出る直前にメールで、風呂、と陽乃に送信しておいたから問題なしだ。
夜、温泉のある階から部屋に戻る道を間違えた時に、昔の童謡みたいな歌が聞こえてきた。
多分陽乃が暇つぶしに歌っているのだろう。
あいつの夜は長い。
幽霊らしいというか、まあまあの夜行性で、昔の童歌や聴いたこともない歌を真夜中にヒソヒソと口ずさんでいる事がある。
「は、兎も角として……」
ここにいつまでいるか。
それが肝心だ。
俺たちに目的地はない。あるにはあるが、言葉にし難い。
いろんな場所に行きいろんな空気を吸い、まあなんか時間稼ぎ的な。
そんなふうに考えている。
「早く治ってほしいもんだな、あ、よう陽乃」
「行きは良い良い帰りはクッシーにバッタリうわあ」
驚くようなジェスチャーでわざとらしく、廊下の向こうから現れた陽乃。
その表情はなんとも言えない。
いや無表情なんだけどオーバーアクションみたいな。
「寝れないの?」
俺がたずねると陽乃が首を傾げる。
「いやクッシーが朝方にお風呂行ってからずっと寝てた。その間まさかのずっと入ってたやつ?」
「ねーよあのな陽乃。お前朝食うと思ってたから待ってたんだよ。こないからさ、食堂でこっそり幾つか包んで持ってきたんだけど、ついに夜になるじゃん。刺身だし悪くなるから処理しといた」
ガーンと効果音を奏でる陽乃。
「捨てたんすか? さすがにそれはない」
「捨てるか。強いて言えばそろそろトイレに捨てる。陽乃が食うと異次元に行くからな。どっちが経済的かは謎だな」
シュッと。
右手に持っていたコーン付きアイスに陽乃の手が音速を奏でる。
「あ」
言う必要もないくらい素早くアイスをひったくった陽乃は、幽霊の筈なのに口にアイスをあてがい程なくコーンの屑だけがパラパラと床に舞った。
多分朝から食ってなかったのだ。余程お腹空いてたらしい。
「甘いな」
「色んな意味でな」
平和である。
「言わなければいけない事があったんだった。夜中にまたわざわざ外へ出ていたのもそれが理由だよ」
食べ終わり余韻に浸っていた陽乃だが俺にそう言われてすぐに真面目な顔になった。
「陽乃。一応依頼もひと段落したし、とりあえず朝一出る」
「え? 滞在期間今日まで?」
「んだし、なんかそろそろ迷惑をかける時期かなって」
「早くない? 僕まだ何もおびき寄せてないよ?」
陽乃にはある特徴がある。
長い時間を同じ場所で過ごすと、段々と旅感覚が薄れてきてか、陽乃の意思とは無関係に周りにやってくるのだ。
色んな霊を招き寄せる。その中には怖い奴もいるだろう。問題だった。
ある時、10日近く長期滞在をした日、二人はそれに気付いた。
「早いけど、用もなくいつまでも居ても不審に思われるし」
「まあ確かに」
部屋の前まで歩きがてら、フロントに寄って自販機でコーヒーを買った。
今寝てしまうと明日のチェックアウト時間に間に合わない。
「それに、やっぱりな」
この宿も手遅れになったら知らん顔はできない。
言わなきゃバレないが、陽乃の正確だ。何かの手段で伝えようとする。
まあ身を引くだけでいいのだ。
もう二度と泊まれなくなる宿を増やしたくないのだ。
「夜にまたこえーのが騒ぎ出してずっと怨嗟の声が響き渡るのはほんと迷惑だし」
「私が悪いのか。しかしまぁ納得感が。うーむ」
ポルターガイストが起きて、宿がホラー屋敷と化したが最後、そこは宿をやるより新手のアトラクションをやる方が理に叶う場にしかならない。
そこまで行った試しはないけど。
「でも」
「でも、だよな。確かに」
「まだ朝ご飯を食べてないよ」
「今朝ぐらい抜いてこうって。次の宿決まるまで仕事探す」
「わかった…」
無料滞在があったから勿体無くて無理矢理長く居たけど、ここでは確かに今までのような事は起きてない。
様子を見てみてもいいのかもしれない。陽乃は陽乃、集まってくるやつはまた違う奴らなのだ。
陽乃だからというより、未成仏霊だからそれがそういうものを招き寄せているのかもしれない。
部屋に入ってから始終陽乃は無言だった。話しかけてないけど。
怒っているのかもしれない。
「おやすみ。ってかまあお互い寝れないのだけど」
しかしまあ、久しぶりに返事がなかった。
外を見ると寝姿勢からでも水平線が見えた。太陽はなく、暗闇に僅かばかりの向こうの島の明かりが瞬いている。遠い田舎の山と海に囲まれた知らない世界。
社会のレールから外れて久しい生活は毎日が不安だらけで世界は自分達とは違う理で動いている気がした。
何もないところで線香の匂いが漂ってくる事がある。
それを世の中では幻臭と定義するけど、火のない所に煙は立たない。
つまりそこには何かがある。
49日が終わり、がらんとした賃貸マンション。
親戚の家に引っ越しがきまり、自分の家財道具だけは運び終わった。
その部屋は契約が切れていた。しかし大家さんに無茶を言ってみたところ、まだ新しく入居者が決まる前までなら時間をみて居てもいいという。
それでしばらく床に寝ていたら、煙の臭いがして目が覚めた。つまりそれだ。
仮に線香の匂いが気のせいでもそうでなくても、ここには確かに何かいる。そんな気がした。
──だからなんだというのか。
家族がなくなった。最後の家族だった。
亡くなったのは妹で、先に両親が病死で他界していた。
妹の死因も病死だ。最近テレビでよく名前をみるようになった病だが名前がでてこない。とにかく持病があった。しかしまだまだ生きられる筈だった。弱っている身体に最近流行りの感染性ウイルスに侵された。あっという間だ。
何もなくなってしまったような部屋の空気。
沸いてきた感情は悲しみよりも焦燥感だ。
これからどうするべきか。
一旦は親戚に預けられるとしても、18になれば追い出されるだろう。
それから引っ越しまでの期間を使って幾度となくその場所(元住居)に足を運んだ。
まあ最後の方は家族皆病院だったから幽霊が存在したとしてここにいるはずもないかもしれないが。
帰ろうとした矢先だ。
契約前の賃貸マンションの一室にチャイムが鳴った。
工事業者かもしれない。消防の点検、ガスの点検。
色々考えながら、応対する為に玄関ドアを開けた。
「あ、やあです」
にこやかな笑み。青春してそうな涼しい色のショートヘア。今風の派手な七分袖に膝までのデニム。
「誰すか?」
「え?」
戸惑っていたのは俺だけじゃなかった。
「え? 僕の事しらないんです? まいりました。クラスメイトですよ?」
「あ、いや見覚えが、で、何?」
「いや、ですね。お悔やみ申し上げますです。あ、これは学校でも言いましたよね僕」
「えーと、で。つまり貴方は何用で?」
名前を聞こうかとも思わなかった。突然の珍入者。早く帰ってもらうに限る。
「かいつまんで話すと引っ越すんですよね? ちょっと遊びに来ませんか? 実はね貴方の事好きなクラスメイトの子がいて」
バタンと相手の子の指だけ挟まないよう気をつけて閉めた。
しかし不覚にも、挟んでしまった。
「いったあああ! 痛い痛い」
慌ててまた開ける。
「なんて冗談はさておき、あっ、ちょ」
また閉める。今度はすんでのところで止めた。
閉められないように指だけ犠牲にしてきやがったのだ。
「はあはあ」
「いや、ほんと何の用だよ。こちらそんな気分じゃないんだよ。帰れよ」
「まあまあ」
言いながら今度は足を挟んでくる。
意地でも帰らない気だった。
「そのね、貴方を好きな子がね。貴方に遠くに行って欲しくないみたいなんです。だからねウチ今ちょっと丁度運良く部屋空いてるから。そこに遊びきませんか? ついでにみんなで作戦会議ってやつ。引っ越すのやなんだよね?」
「意味がわからねーよ!」
強引に足をどかそうとするが退かせない。ドア枠に引っ掛けた指はなんか知らんがツルツル滑る。
「泊まってっていいから! ほんとこんな据え膳食わねーとか○✖︎🔲◾︎かよ! 来いよ! おら、ね?」
「いや、ねって言われても……もう転居決まってるし」
少女はガン飛ばしていたかと思えば次の瞬間には冷静になってふーんと鼻を鳴らし、
「考えてみて下さい」
顔を近づけながら目を覗き込まれて、慌てた。少し後退する。
「他人ですよ。所詮。親戚さんだか施設さんだか知りませんが、貴方はそこになんか楽しい未来を感じますか?
僕はね、ほら。僕は貴方のことよく知ってるし。いや僕というか親友がよく知ってるんだけどね。こっちはいいですよ? だって少なくとも貴方を疎ましく思ってないし、皆大歓迎なんですよ? ね、今から貴方の新住居は僕の家です! はい決まり!」
「いや、意味わかんねーし。途中いきなり飛んだし、ていうかあんたは他人じゃないのかよ。いや、いやあの」
突然現れた一人称が変な少女は聞く耳持たずに決まり決まりとはしゃいでいた。
家族が消えて、秋がきて、厳しい冬が始まる前のちょっとシュールな非現実への招待──誘拐だ。
俺は悩んでたけど頭がどうかしてたのかもしれない。結局親戚には断って友達の家に世話になると頭おかしい事を言った。
そうしたらば、戸籍上の関係で一旦は帰れと言われ帰った。その後で俺の旧姓の永原は親戚の家の渡部になってその少女、和田村陽乃の家でお世話になる事になった。
和田村陽乃とはそれ以来の幽霊付き合いである。
和田村陽乃、別名憑き物少女。
「親友とはいつ会えるわけだ?」
家とやらに行き着いたのは日が暮れるギリギリ前くらい。橙に染まる少し古い民家。野放図に荒れた庭。蔦が生えた外壁。室外機すら見当たらない庭を見るに空き家だ。
「ごめん。アレは嘘なの。ほんとは」
かくかくしかじかを並べてみると、要するにこうだ。
和田村陽乃はこの家に住んでいた家主の娘だ。しかし一昨年の冬ベランダの柵にもたれていたら柵が抜け落ち、庭先に頭から突っ込んで死亡。
以降の記憶は白濁している。
「えーと……つまり」
「はい! とりあえずしばらくこっちいていいから! なんもないよ、空き家だから」
「空き家にも所有者がいるだろ……いやそうじゃなくて、それもだけど」
「それなんだけどうちのはずなのよ」
「はず? いやいやそれより、いやそれもか」
幽霊と聞いて俺の頭に即座に浮かんだのは何か、脱兎の如く逃げ出す自分か。いや違う。もはや手遅れ。そうだこれだ。
「わかったよ。とりあえず中に入るのは無しだ」
より、ヤバそうな気がした。
「いやあのさ、困りますよ。キミが住むところにしかいけないんだよ。ほら、もう手遅れだから」
因みに親戚の家には既に超特急で帰り、手続きを済ませてわりとルンルンで来たという経緯がある。俺もそこまで馬鹿じゃないからいくらこの少女が既にこの世にモニョモニョな感じで、なんとなくその類いのアレだったとして、嘘はつかないと勝手に思っていた。
「まさか野宿しろとでも……」
「いやおま、目の前にあんじゃねーかよ。」
こんな古い家が仮に住めたとして、俺が一番最初に危惧したのはアレだ。そう。
「住居不法侵入じゃないよ? いや生前住んでたわけだし」
「登記簿とかは?」
「何それ?」
「ありえねーはこいつ。おまえさ、賃借と持ち家の違いわかる?」
「家なんだから持ってるに決まってるでしょ? キミはなんだ? 私の」
「わかった。もういい。すまんが今日は野宿だ。多分」
「え? アナタニホンゴワカリマスカ? ユーニホンジン? ニンジン? サテハニンジンデスカ?」
馬鹿を無視して表側に周り表札を確認する。
非常に厳しい現実があった。
「アレ、ヒョウサツナクナッテルネ。コレハツマリ、カゼノシワザカ?」
「言ってろ。あのな、多分お前が死んだ後、多分皆引っ越したんだよ。だからあんなに人気がなくて荒れ放題なんだ。持ち家なら最低限のメンテナンスはするし、それなりに家全体ががっしりしてるから多分築年数はそんな経過してない。それで引っ越し、売り地とも書かれずに表札がない家つまり、空き家だ。つまりあんたらはここを借りてたんだよ。数は少ないけど戸建ても借りられるからな、でもお前死んだからここ事故物件になって売るに売れなくて放置、かあるいはまあ」
事故物件になったからこの少女の家族が家を放置していた可能性はなくもないけど、勝手に足を踏み入れたが最後、俺単独の住居不法侵入になる。
と言おうとして振り返ると少女が消えていた。
代わりに少女のいた場所にふわりとティッシュペーパーが一枚。
太いマジックで、理屈っぽくて嫌い、と書かれていた。
「え、俺今日どこで寝んの? ていうかもう断ってきたんすけどあの」
まあ行きたくなかったけど。いきなりホームレスも困る。
田舎のような都会のような中途半端に殺風景な住宅街の片隅で、俺は一人でこれからどうするかを考え──まあかくかくしかじかを経て、旅に出た。
あの少女、和田村陽乃は散々振り回したあげく、結局あの後戻ってきてボロ家の中に一人入り、中から別の人の家の書類を沢山みつけてきて、その登記簿の中に彼女の家族の名前はなかったらしい。
二人してどんよりしながら気付いたら最初の宿の門を叩いたのだ。無論予約はあの有名な予約サイトである。
「お! お土産屋さん発見!」
子供の様にはしゃいで走る陽乃。
「ふう……ちょっと時化てきたな」
「ね! あるよ色々! さっきみたやつも!」
土産物って最近流通がすごいのか、やたら大量に作ってやたら色んなところに似たようなのが沢山ある。
もちろん、あんまり銭はない。
駅近のスーパーみたいな土産物屋さんの前。俺はとりあえず近くのベンチに腰掛けた。
木製で丁寧に座布団まで敷いてある。
「薄いけど」
「ねえ、ちょっとなんでこないの?」
「土産さっきもみたしこの前もみたしその前もみたしその前――」
「全部少しずつ違うんだよね。そこが面白い」
はいはい、とテキトーにあしらってさっき近くで買った雲丹コロッケを食う。
「うめえ」
「よこせ」と手を出す陽乃。
色々余計なことを言いたくなくて、黙って半分千切る。
「うめえ」
ふうふうやりながら食べる陽乃を横目に駅前ロータリーの人波を眺める。
ホテルを出て二日経つ。
まだ次の宿泊先が見つかってない。
基本的にいまいるところは割と観光ニーズの高い客足の多い駅なので、もうしばらく様子見しようと思っていたのだが、野宿延泊はもうきつい。
どうしようか悩んでいた。
さっきから俺は携帯をチラチラ見ては溜め息をついていた。
何度かワードを変えて宿泊地を検索していたのだが、やっぱりめぼしいところがない。
宿のサイトすらなくてマップの評価のみだと電話――何故か電話は苦手だったりする。
「うーん」
「こ?」
コロッケを食いながら下品な陽乃。
「はいはい」
「それなんかウザい」
「はいはい」
「チッ」
さておき今一番可能性が高いのは、もはや不思議な力で空撮なんぞ駆使せずに、近場でバイトに行く事だ。
旅を始めて四件目までは自費で泊まっていた。
初めてアレを思いついたのは先日泊まった林の中に立つ海辺の宿の一つ前に泊まった宿だ。
その頃からライティングも始め出して、サイトで申し込みしてみてとりあえずデータを送って見たら無難な返事がきた。
まあなんていうか、それでもやっぱりじり貧だ。
いつ野垂れ死にしてもおかしくない。
「うおーー! 海はー、広大だー!」
ここは確かに海沿いだし海が近いけど見えてもいない海に向かって突然叫び出した陽乃は食い終えたコロッケの紙を手に手を広げて走り回っていた。
小学生かよ。
まあいいけど。幽霊に年齢なんてないし。
思いつつ、立ち上がり陽乃に呼びかける。
「いくぞ」
「おお?」
「ちょっとうらぶれてそうな民宿だ。宿の全般の仕事、泊まり込みで一週間」
「お仲間がいそう」
古いってだけで幽霊がいるとは限らないし。
「よし、行こう! 野宿は飽きたよ! 私も仕事手伝うよ!」
丁度よくパラパラと雨。
俺たちは急いで目的地に走った。
雨が降っていた。
コンクリートを遮二無二叩く水の粒に巻き込まれて私の服は水を吸い過ぎて身体に張り付いている。
「…………渡部、あいつ、やっぱり生きてた」
彼を見つけた瞬間に雑念が全て吹き飛んでいき心に渦巻くような安堵と同時に怒りが満ち溢れた。
そのまま硬直して濡れ鼠になっても立ち尽くしたまま拳を握る。
私、柏原沙耶は修学旅行にきていた。
そして偶々見つけた知り合いの姿を見て頭が真っ白になり、何か言う前に機会を逸してしまって、
「何いつまでも」
いつまで逃げ続けるつもりなのか。
言葉にならずに顔を伏せる。
しばらくじっとそうしていたらさすがに寒くなってきた。
身震いしながら走って帰路に着く。
昔とある事件があった。
昔と言ってもついほんの半年前だ。
とある高校の校舎で飛び降りがあった。
3年Aクラスの女子生徒は自ら飛び降りたとされていたが後程捜査が進んでやっぱり自殺ということで事件は幕を引いた。
学校側も保護者側もいじめや体罰などの事件性はなく、ニュースにも一時期取り上げられていたが間もなく噂もなくなった。
それから数ヶ月。
クラスメイトの一人が持病を拗らせて死んだ。
喘息があったらしくしばらく入院すると聞いてすぐのことだった。
それからまた一人、今度は体育の授業中にマラソンで男子が心臓発作を起こした。
先生がすぐに対処して事なきを得たが、それからだ。
翌日翌々日とクラスメイトの病気が続いた。
足を挫いたり骨折したり病気というか不幸というか、とにかく良くないことが続いた。そのタイムスパンはだんだんと1日ごとから数時間毎に変わっていた。
みんな気づき始めていた。
半年前だからもうあれから半年経つ。
それまでに実はもう一人死んでいる。
例の心臓発作の男子だ。
クラスメイトとゲームセンターで遊んでいたらしく、高揚した瞬間だったらしい。
みんな口に出さなかった。怖かったから。
だから暗黙の了解でなるべくみんなしおらしくして、あと健康に気を使いだした。
しばらくして、今度はクラスからぽつりぽつりと人が減り始めた。
退学したらしい。退学した生徒の知り合いの一人が田舎に戸建てを買って家族で移り住むと聞いたらしい。
関わっていた職員にも退職者がいたが、それは決まってクラスに出入りする人間のみだった。うちのクラス、3年Aクラスの人は担任も含めて静かに密やかに消えていった。
理由はない。
ただ何かを恐れるように少しずつそうしていた。
月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。何かで読んだ古い一説が、頭によぎる頃には月日が経っていて教室は既に、減った、と目で見てわかるくらいに生徒が姿を消していて、退学したり家族が死んで引っ越したり病気になって入院したりと、それぞれの事情に対して反応する余裕もなく、そんな矢先に何か不幸の連鎖が突然ピタリと止んだ時期があった。それを機に暗黙の了解で皆この話題に触れるのをタブー視していた。
あいつが姿を消したのはその頃だった。
渡部だ。
理由はわからない。逃げたと思った人も沢山いた。私もその一人だ。でもあいつは消える前にクラスメイトの一人に伝言を残していた。
終わらせてくる、そう言って以降一切の連絡路が絶たれた。
じゃあなぜ今回遭遇したのかと言えば偶然ではない。彼と以前に位置共有をしていた私はアカウントを変えて以降そのままにしていたが、また昔のアカウントをようやく復活させたのだ。
何処にいるか掴んだ私はすぐに、OLから転職して3年目担任の笠井に話した。
「もうさ決着付けようよ先生。うちらはどうせ逃げられないんだからさ」
「あ、沙耶さんいたいた!」
旅館に着いてすぐ、背後から手を叩かれた。斎が声をかけてきた。斎は最近入ってきた部活の友達で人懐っこい性格の同年代だけど後輩みたいな奴だ。
「すいません、その、やばいですよそれ?」
たしかに、言うまでもなく。
「うん、どうしようか悩んでた。ほらさ、うちの班だけ自由行動で寺巡りしてたじゃん」
「はい、で沙耶さん消えるし」
「うん、ちょっと人探ししてたから」
何か言おうとする前に、
「とりあえず、部屋に入っては?」
「うん、そうするわ」
ずぶ濡れのまま館内に入っていたら、程なく従業員がタオルを持って走ってきた。
「で、沙耶さん」
神妙な顔の斎──朝霞斎はスマホを睨みながらいう。
「結局のところ誰を探していたんで?」
その問いに同室の野田みゆきが反応した。
「それは私も聞きたい」
まだいたクラスメイト三十人。うち、来たのはたった10人。班は3、3、2、2の4つに分かれ、うちの班は三人だ。
「ってか、確かに観光地だけどあんま見に行くとこなくない?」
みゆきはドライだが、同じ班になるだけあってほどほどに仲はいい。
「いやーあると思いますよ。ここ確かにど田舎ですけどググると結構な名所だし、なんか御寺とか神社とか神域多いし、現にうちら回ってましたし」
相変わらずスマホを睨みながら話す斎が何を見ているか覗いてみたら、似たような数字が二つ並んでいて激しく動いている画面をポチポチ操作していた。
私にはわからない世界だからあえて突っ込んでは聞かなかった。
「まあ確かに」
私は頷きながら部屋に入る前にロビーで買っておいたソーダに口をつける。
まだ髪は乾いていない。頭に置いたタオルでまた髪を拭きながら二人をみる。
みゆきは私服姿で縁側でテレビをみている。
斎は一応制服だ。館内は自由でいいと言われているからどちらも正解だが、私は暑苦しいから私服――まあまだ雨が染み込んでいる。
「沙耶さん、とりあえず早くお風呂いただいてきては? いや、夕食のあとですけどもう五泊目だし、いちいちルール守らなくても……」
そうだ、もうここにきてから五日経つ。
「わかったよ。とりあえず行ってくる。じゃ速攻行くからもし遅れたら先生になんか言っておいて」
「はーい! 行ってらっしゃ」
部屋を後にする。みゆきが眠そうに手をひらひらしていた。
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