歴史、たまに主役を間違える???
秀吉の母は日輪が宿る夢を見て秀吉を産んだといいますが本当でしょうか?
秀吉の姉の智についての予知夢だったのではないでしょうか?
豊臣秀吉の姉・智。
智は秀吉より年上で、
秀次・秀勝・秀保という豊臣一族の中枢を担う男子を産んだ女性です。
秀次は一時、秀吉の後継者として関白にまで上りつめました。
縁者に乏しい秀吉にとって、
智は貴重な「人材供給源」でもありました。
ただし異様なのが出産年齢。
最初の子・秀次が35歳で、その後も高齢出産が続く。
当時としてはかなりの異例です。
そして智は相当な過保護。
次男・秀勝が甲斐国に封じられると
「遠いから近国にして」と直訴。
秀吉はこれを聞き入れ、岐阜城13万石に変更します。
この頃の秀吉、まだ身内に甘かった。
ちなみに秀勝は、浅井三姉妹の三女・江を娶っています。
ところが後年、秀吉は三姉妹の長女を側室にする。
結果、秀吉と秀勝は
「叔父と甥」でありながら「義理の兄弟」という関係に。
しかし秀長死後、状況は一変。
秀勝は朝鮮で病死、秀保は不審死、
秀次は“殺生関白”の汚名で切腹。
それでも智自身は92歳まで生き、
秀勝と江の間にできた子は関白家に嫁ぎます。
(江が徳川秀忠に嫁いでいたので)
その後、智の子孫は繁栄し、血脈は帝室にも組み込まれていきます。
秀吉の母が見た「日輪が腹に宿る夢」。
実は秀吉ではなく、
姉・智の子孫の繁栄を予言していたのかもしれません。
やっぱり歴史は主役を間違えていたのやも。。。
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