本当に面倒な人は、問題を起こす人より“問題を指摘した人を問題人物にする人”。
職場でも、家庭でも、人間関係でもある。
明らかにおかしなことが起きている。
ルールを破る。
人を傷つける。
約束を守らない。
周囲に迷惑をかける。
そこで誰かが、
「それはおかしいと思います」
「一度きちんと話したほうがいい」
「このままでは困ります」
と指摘する。
すると突然、話が変わる。
「言い方がきつい」
「そんなに怒ること?」
「空気を悪くしている」
「細かいことを気にしすぎ」
いつの間にか、問題を起こした側ではなく、問題を指摘した側が“面倒な人”にされている。
これが厄介です。
本来話すべきなのは、
「何が起きたのか」
「誰が何をしたのか」
「どう改善するのか」
ということ。
ところが、指摘した人の性格や言い方の話にすり替えることで、肝心の問題から目をそらす。
もちろん、伝え方が乱暴なら改善する必要はある。
でも、
伝え方に問題があったことと、指摘された問題そのものが消えることは別です。
「言い方が悪かった」で、やったことまで無かったことにはならない。
本当に話し合える人は、耳の痛い指摘でも、まず内容を見る。
逆に、問題を指摘されるたびに相手を悪者にする人は、問題を解決したいのではなく、自分が責任を負わずに済む形に話を変えたいだけなのかもしれない。
人間関係で見るべきなのは、
「誰が騒いでいるか」ではなく、
「そもそも何が起きたのか」。
声を上げた人を黙らせても、問題そのものは消えない。
むしろ、
問題を指摘した人が悪者にされ始めたときこそ、その組織や関係の危うさがよく見える。
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