モラハラのお手本のような事例で非常に良い問題提起であるように思いました
まず、この手の人に本当に「モラル」があることはまずありません
正しさ、誠実さ、理由、こういった概念を格好の言い訳に使っているだけで、根本は『自分の要求が通るか』しか考えられていないのです
モラハラの原因は2つあります
1点目は、『自分の正しさ』を最優先するマインドが根底にあることです
そもそも自分は正しいという自認があり、相手がその正しさと異なる選択をした場合、良くないことをしたのだからまずその非を説明するべきだ、という(無意識の)懲罰意欲が湧くんですね
話し合いたいと口では言うものの、本当に話し合おうとは思いきれていないのです
バンデューラという心理学者は『道徳的正当化』という人間の深層心理があると指摘しており、
人間は無意識に「これは価値がある / 正しい行いである」と、自分の行動を勝手に良い方向に再解釈し、罪悪感を抱かずに良くない行動をとってしまう生き物なんですね
例えば、本当は相手を「詰めている」のに「話し合う」だと思い込む、「監視する」を「心配する」、「従わせる」を「教える、躾ける」だと思い込んでしまいます
大前提、自分が正しかったとしてもそれを理由に人を責めるべきではありません
人間は「正義」や「正しさ」を盾にした際に最も強い加害性を持つ生き物です
むしろ自分が正しい時ほど、相手を追い詰めないように言葉選びや態度に細心の注意を払うべきなんですね
モラハラが起こる理由の2点目は、『不確実性への耐性(ネガティブ・ケイパビリティ)が低い』ことです
パッと答えが出ない状況で、すぐに結論を急がず、その不安や不確実さにとどまり続ける耐久力のことですが、
この能力が低いと、相手が今抱いている複雑かつ矛盾を孕んだ感情や態度を慮ることもできないので、自分が欲しい正解を相手に出させようとしてしまいます
本人は「正しい説明なら納得する」と言いますし、本院は本心から言っているのだと思いますが、
返ってきた答えが論理的で妥当なものかを精査する能力は本人には無いため、結局のところ自分の欲しい回答に沿っているかどうかでしか判断できません
想像と違う回答が来て納得することはなく、また次の追及を始めてしまいまうんですね
そもそもですが、相手に対して答えを追及するやり取り自体が「話し合い」ではありません
話し合いはあくまでディスカッションであるべきで、ディベートや裁判であってはいけないんですね
結局のところ、本人は自分のことを冷静で論理的に判断していると思っているものの、
実態は非常に感情的で、モラルや論理性が無いと他者から評価されています
最期には「もう変わらないな」と呆れられ、理由も教えてもらえず周囲から人が離れていってしまいます
ただ、こうやって自分の側の問題として気づけたということ自体はとても重要で大切な一歩だと思います
私は昔こういう人間でしたし、今でも(特に自分に余裕の無い瞬間に)過去の自分が出てこないか常に意識しています
「もしかしたら自分は結構わがままな人間で、そのわがままを通すために理屈や言葉を組み合わせているのかもしれない」
こう思った瞬間から少しずつ変わることができます
過去の自分への戒めもこめて強い口調で書いてしまいましたが、このような性格で人間関係が悪化するのは勿体無いことだと思います
ぜひ諦めないで正しい知識をつけて欲しいです
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