ガソリンは、本来なら1リットル187円程度になる。
それを政府が補助金によって、全国平均170円程度に抑えようとしている。
もちろん、生活する側からすればありがたいが、187円のガソリンが170円になったわけではない。
その差額を、国が代わりに負担しているだけだ。
円安によって輸入物価は上がり、インフレが続く。
そして長期金利も上昇している。
金利が上がれば、国だけではなく、住宅ローンを抱える個人も、借入金を抱える企業も苦しくなる。
ここから先に起きるのは、単なる「インフレ」ではない。
債務を抱える者から、所有する力が失われていく。
住宅ローンの返済が重くなれば、家を持つハードルは上がる。
中小企業も同じだ。
店舗、人材を自社で抱え、それを借金によって維持する経営が難しくなる。
資金力のない企業は廃業するか、大手企業の傘下に入る。
個人もまた、自分で所有するのではなく、大企業や金融機関が所有するものを借りて使うようになる。
すでに始まっている流れだ。
これまでは、その変化を補助金や低金利によって緩やかにすることができた。
しかし国自身も巨額の債務を抱えている。
長期金利が高止まりすれば国債の利払い費は増え、補助金を出して物価上昇を隠し続ける余力も少しずつ失われていく。
ガソリン補助金は、その縮図だ。
170円という価格だけを見れば、負担は抑えられている。
しかし本当の価格は187円。
消えた17円は、国が負担している。
でも、国が引き受けられなくなった時、その負担は再び個人や企業へ戻ってくる。
その時、価格上昇と金利上昇に耐えられない者から、資産を手放していくことになる。
僕はそこが、「所有しない社会」が加速する地点ではないかと考えている。
誰かが意図的に「所有するな」と命令する必要などない。
家も、事業も、持ち続けることそのものが高くなれば、人は自然に所有できなくなる。
そして最後に残るのは、資産を持つ側と、その資産を利用する側だ。
ガソリンを170円に抑えるというニュースは小さく見える。
しかし、その17円の行方を追っていくと、日本が、世界全体が、これからどんな社会へ向かうのか、その入口が見え始めている。
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高市総理は、ガソリン価格を全国平均で1ℓあたり170円程度に抑える補助金の継続を表明。
補助金によって短期的な負担を和らげる一方、支援を長期化すれば、本来向き合うべき価格上昇や経済構造の問題が見えにくくなる。目先の負担軽減と問題の先送りをどう区別するかが問われる。
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